1976年以前、張大千は海外で長期間過ごすこともありましたが、台湾とは頻繁にやり取りがあり、しばしば台湾に戻っては個展を開催し、多数の画作を寄贈しました。張群などの親しい友人らの多くが台湾在住だった上、健康状態も思わしくなかったことから、友人たちの勧めもあって、台湾での定住を考え始め、台北市士林の外双渓に終の棲家となる摩耶精舎を建てたのです。台湾の美しい自然や温かな人情に加え、当時の美術界の多元的な発展が、穏やかながらも多彩な魅力に溢れる暮らしに、斬新な創作を促す雰囲気をもたらしたのは間違いなく、優れた作品が次々に発表されました。「蘇花攬勝」と「阿里山暁望」は、台湾島の名勝地を紙上に表現した作品です。「致張継正夫人鳳梨紙函」は、お気に入りだった鳳梨紙への愛着や普及への願いが感じられます。こうした作品には、張大千と台湾とを繋ぐある種の情感や相互の関わりが反映されています。これらの作品を通して、張大千と台湾との結び付きや、張大千の胸中にあった美麗島のイメージを、より深く理解していただけるでしょう。
民国 張大千 蘇花攬勝図
- 形式:卷
- サイズ:35.6x286.8 cm
- 中国国民党党史委員会寄贈
張大千は1960年と1964年に蘇花公路(台湾東部海岸沿いの幹線道路)を旅したが、いずれの年も雨と雲霧に遮られ、辺りの風景を充分に堪能せずに終わってしまった。この「蘇花攬勝図」は張維翰(1886-1979)「蘇花行」の描写に、自分の印象を加えて完成させた作品である。1965年にブラジルに戻って数ヶ月静養してから、親しい友人のために描いた絵が蘇花旅行の名作となった。この作品は詩境を主として、立ちこめる雲霧の中、山沿いに曲がりくねる蘇花公路や切り立つ断崖、トンネル、崖下に逆巻く波涛が描かれており、最後は朦朧とした霧の中に消えている。
民国 張大千 致張継正夫人鳳梨紙函
- 形式:未表装
- サイズ:20.1x50.5 cm
- 張継正氏寄贈
張大千は書画に用いる紙に強いこだわりがあり、張豊吉が開発した鳳梨紙(パイナップルの葉から作られた紙)を試しに使ってみたところ、非常に気に入って愛用するようになった。自身で愛用するだけでなく、同好の士にも勧めるほどだった。、張豊吉によると、張大千は5~6包、数千枚ほどの鳳梨紙を注文したそうである。この書簡にも鳳梨紙が宣紙より勝っている点について触れており、謝稚柳も試用後に乾隆内府で使用されていた紙に匹敵すると思うほどだった。鳳梨紙は宣紙より丈夫で白く、より豊かに墨韻が表現できる上、黄色に変色しにくいことから、台湾の美術界では人気が高い。