山水の清らな音
早期の緙繍は実用品か装飾品が中心で、現在は破損した小片が残されているのみです。宋代以降の緙繍作品は当時の風俗文化や宗教、各時代の画風と密接な関わりがあります。宋徽宗(1082-1135)は宮廷に繍画専科を設置して、作品の種類を山水や楼閣、人物、花鳥などに分類しました。次第に緙繍は芸術性の高い貴重品になっていったのです。元代から明代以降の緙繍は絵画のようで、それぞれに特色があります。緙繍工芸家は糸を顔料とし、筆の代わりに針と梭を用いて、奇抜な構図や工夫を凝らした独特の色遣いで、聳え立つ高山や流れ行く川、登山や水遊びなど、絵の山水画と比べても遜色のない作品を描き出したのです。
宋 緙絲海屋添籌 軸
緙絲で織り出された蓬莱の仙島、華麗な彫刻で彩られた楼台、天空を舞い飛ぶ仙鶴─神仙の住処が表現されている。画面は小さいが、織りの技術と色遣いが精彩を放っている。山石や楼閣、人物、動植物の全てが図案化されている。作風には飾り気がなく素朴な味わいがある。山石と人物の破損箇所は筆で描き足されている。
『東坡志林』によれば、「三人の老人が出会い、年齢について問うた。その内の一人は『海が桑田になる度に籌碼(計算に使う道具)で記録したが、今ではもう十軒の家が籌碼でいっぱいになってしまったよ。』と答えた。」この故事から「海屋添籌」は長寿を祝う言葉となった。詩塘に元代の虞集(1272-1348)による至正甲申(1344)の題跋がある。
清 孔憲培妻于氏 恭繡御製万年枝上日初長詩意 軸
無地の綾に色とりどりの糸で絵図が刺繍されている。亭台や楼閣、中天に掛かる太陽、たなびく雲霧、霊芝や松、竹が四周に植えられている。中景の開けた場所に干支儀がある。時間と空間を示すのに使われた古代の道具で、符号的な意味合いもあり、作品の題名と詩意を伝えている。この作品の刺繍は独特の方法が用いられている。輪郭と輪郭の間は余白で水路が表現されており、立体的で奥行きが感じられる。全体の色遣いは明るく華やかで、絹糸の輝きに目を奪われる。刺繍の技術も精巧である。清乾隆朝(1736-11795)の名品と言える。
孔憲培(1756-11793)、孔子の72代目の子孫にあたる。その妻の于氏(生没年不詳)は刺繍の名手だった。