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伝統の継承と発展─明代帝后像

 明代の皇帝像は数代を経ると、調度品や装飾品、シンボルなどが増え、より一層煌びやかなものへと発展し、最終的には皇帝の存在する空間が、それらの品々で埋め尽くされるほどになりました。

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    • 明太祖坐像
    明太祖坐像
    明太祖坐像

     明太祖朱元璋(1328-1398)の肖像画。顔中に黒い斑点があり、頬骨と顎が突き出ている。これこそが真の天子であることを表す「異相」なのだという。つまり、この特徴的な顔立ちは、この人物が権力を掌握する帝王となることを示しているのである。

     本院ではこのような「醜い肖像画」を10点所蔵している。画中の冠冕や袍服、椅子などは異なるが、いずれの絵もごく平凡な仕上がりである。おそらく朱元璋のこのようなイメージが民間に広まり、大量の複製画が作られたのだろう。

    • 明太祖高皇帝と孝慈高皇后
    明太祖高皇帝と孝慈高皇后
    明太祖高皇帝と孝慈高皇后
    • 重要古物 2017年11月文化部により公告

     明太祖(1328-1398)の晩年の姿を描いた肖像画。髪もヒゲも白く、目の周囲や口元の皮膚もたるんでいるが、眉の形や頬の僅かなヒゲなどの特徴は、中年期の「明太祖坐像」とほぼ同じである。髪やヒゲまで丹念に描かれており、その曲線も美しい。宮廷画家が実際の容姿を忠実に表現した肖像画である。

     「醜い肖像画」と比べると、実際の姿を描いた肖像画は、奇怪な顔立ちの絵よりも、最高統治者の容貌に対する民衆の願望を満たすことができる。

    • 明宣宗坐像
    明宣宗坐像
    明宣宗坐像
    • 国宝2008年12月文化部により公告

     明宣宗朱瞻基(1399-1435)の肖像画。赤黒い顔に豊かなヒゲ、翼善冠を戴いている。雲龍紋の黄色い袍服には、地の色とは違う金色で模様が描かれている。宣宗は宝石が象嵌された腰帯に手をかけ、精緻な彫刻で装飾された龍椅に腰掛けており、床には華やかな団龍紋の敷物が敷かれている。

     宋代の皇帝像と比べると、明代皇帝は服飾や調度品の豪華さに関して何らはばかるところがなく、それらの品々によって高貴な身分を示している。左手は腰帯に、右手は足の上に置き、両足を大きく開いて腰掛けている姿には一種の威圧感があり、宋代皇帝の穏やかで慎ましい様子とは大きく異なっている。

    • 宣宗章皇帝と孝恭章皇后
    宣宗章皇帝と孝恭章皇后
    宣宗章皇帝と孝恭章皇后
    • 重要古物2017年11月文化部により公告

     宣宗と2番目の皇后孫氏(?-1462)の肖像画を並べて一開としている。

     宣宗の五官の影になっている箇所は、細い線を幾度も重ねて描いてあり、「明宣宗坐像」に見られる、色を変えて表現する描き方とは異なっている。坐像を元に制作された精緻な小像のようである。規則正しい線で描かれた髪とヒゲが装飾模様のように見える。このような風格は明憲宗の時代まで継続された。早期の明代皇帝半身像に共通する特色である。

    • 明仁宗坐像
    明仁宗坐像
    明仁宗坐像

     明仁宗朱高熾(1378-1425)は宣宗の父にあたる。在位1年で病没した。この肖像画は線や着色の処理がやや粗雑なため、後の時代に模写されたものと推測される。画中の仁宗が座っているのは鍍金された交脚圈椅で、背もたれに色鮮やかな織物が掛けてある。そこに金脚踏と、花や龍の模様で彩られた絨毯も加わり、豪華な雰囲気を一層高めている。

     題籤にも乾隆13年に再表装したとあるが、それに使われた裱綾は金色の纏枝花卉紋ではなく、薄紅色と黄白色の五爪龍紋の生地に変えられている。「明宣宗馬上像」と同じく、南薫殿の帝后像の中では特殊な例である。

    • 明英宗坐像
    明英宗坐像
    明英宗坐像

     明英宗朱祁鎮(1427-1464)は宣宗の子で、自ら兵を率いてオイラトを攻めたが捕虜となり、講和成立後に帰国してから、政変を経て復位するなど、波乱に満ちた生涯を送った。

     英宗坐像は明代帝后「正面像」の幕開けとなった。また、皇帝の服装もより正式で象徴性の強い袞服姿に換えられ、廟堂に端座する皇帝が政務を行う姿とその威容を表現するようになった。

    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    • 帝王排場—入蹕図
    帝王排場—入蹕図
    帝王排場—入蹕図

     「入蹕図」には、陵に詣でた皇帝が水路で都へ戻る様子が描写されている。この長さ3千cmを超える大作には、様々な儀仗を持つ華やかな護衛や従者たちなど、9百名を超える人物が描かれている。想像を絶する壮大な場面の描写を通して、皇帝が都へ戻る際の比類のない威容が表現されている。本展では左から右へと、3回に分けて全巻を展示する。

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