掌中の山河
名山への観光ブームは名山景勝を題材とする山水摺扇(扇子)にも反映されました。摺扇は10世紀頃に日本から中国へ伝わり、15世紀中葉から書画を描き入れる支持体として扱われるようになりました。折り畳むことができる扇子は携帯しやすく、伝統的な団扇よりも使い勝手がよかったのです。また、画面の小さな扇子は、費用も掛け軸の三分の一以下と安く済むなど、いいことづくめでした。自分の扇子に名家の絵があれば、扇子を開閉しながら談笑する時も鼻高々でした。20世紀前半、各地の名勝を描き込んだ扇子が大流行しました。画家たちは扇子に旅の記憶を綴ったり、依頼主の旅を絵で記録したりしました。旅の思い出が描かれた扇子は、社交の場でごく自然に広げて見せることができたので、自慢の種にもなったのです。
-
民国 張大千 華山古松
- 形式:成扇
- サイズ:18x44.8 cm
張大千(1899-1983)、名は爰、四川省内江市出身。近代書画の名家。
この作品は1938年に制作された。張大千は1934年と1935年に西嶽華山に登り、五峰を観光した。画面は縦構図となっており、左から右へと配置されたモチーフで空間が分けられている。左側には高く険しい崖があり、その上に二人の人物が腰を下ろしている。それに枝ぶりのよい孤松が続き、遠方には山が聳えている。全てが下方から上方へと向かい、画幅を占めている。右側の空白箇所に題識がある。この作品は気の向くままに筆を走らせたもので、木々を眺め、山を望む左側の二人は名処巡りをしているかのように見え、「奇景を観る」ことが重点となっている。