新しい時代の行楽
20世紀以来、近代的美術教育に取り入れられた「野外写生」は、西洋画家に欠かせない訓練となっただけでなく、真実を追究する科学的な行為とみなされ、画家たちは揃って写生に取り組むようになりました。伝統的な画材を使って作画をする国画家も写真撮影で風景を捉えるだけでなく、「古法写生」という概念まで打ち出して、実景を観察する中で、古人の筆法の成り立ちを理解しようとしました。「写生」に対する重視は、国民政府が積極的に進めていた鉄道と公道の建設、名勝への観光旅行推進政策と結び付きました。政府は観光ルートを整備し、芸術家を招いて紀行詩文や旅の風景画、旅にまつわる書法作品の制作を依頼したため、個人旅行の記録─黄山や雁蕩などの名山への旅を題材とする作品も増えていきました。また、民国成立(1912)以降は、政局の動乱や日中戦争の勃発(1937-1945)により、画家たちはかつて訪れたことのない地へと導かれ、新しく描かれるようになった景勝もまた増えたのです。