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風雅に心を寄せる

山や川、竹、石などの自然界の物象は、気持ちを託す対象として文人たちに用いられ、あらゆる物事への思いが反映されたほか、友人へ贈る詩や文章の題材にもなりました。また、隠遁生活への憧れや高潔さへの敬慕から、古代の賢人にまつわる故事やイメージも絵の題材にしばしば用いられました。例えば、東晋の名士謝安(320-385)の気高さや不屈の精神、陶淵明(365-427)の詩句「菊を採る東籬の下」や桃花源の伝説、元代の画家倪瓚(1301-1374)の桐の木を洗う逸話などがあります。
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  • 元 曹知白 双松図

    故畫272  
    絹本
    重要古物

    曹知白(1272-1355)、字は又玄、号は雲西、華亭(現在の上海市)の人。天暦2年(1329)旧暦の1月7日に描いたこの作品を、遠方で暮らす友人で、契丹人貴族の石末伯善(1281-1347)に思いを込めて贈った。

    水辺の斜面に聳え立つ2株の松。四方に伸びる枝は折れ曲がり捩れている。枯れ枝が蟹爪のように広がり、物寂しく朦朧とした風景が描かれている。画風は宋代の画家李成(916-967)と郭熙(1023頃-1087以降)の影響を受けている。寒さに強い松の木は君子の確固たる意志や品格の象徴とされ、固く結ばれた友情にも喩えられる。

  • 明 王紱 淇渭図

    故畫390
    紙本
    重要古物

    王紱(1362-1416)、字は孟端、明代の墨竹画の名家。作品名の「淇渭」は、この絵を贈られた梁潜(1356-1418)の称賛の言葉から取られている。この墨竹を見ていると、竹が生い茂る渭川(現在の渭河、源流点は甘肅省)と淇園(現在の河南省淇県付近)に身を置いているかのように思えると、梁潜は記している。

    この絵には垂れ下がった竹の枝が描かれている。その姿はしなやかで美しく、ほとんどの枝は薄い墨で、葉は濃い墨で描かれており、疎密にも趣がある。一枝のみだが、豊かに生い茂る枝葉が暗に示されている。竹は君子の気概や不屈の精神の象徴とされるため、文人たちが贈り合う画作にふさわしい題材とされた。

  • 明 丁雲鵬 東山図

    故畫2292
    紙本

    この絵には、東晋の名士謝安(320-385)が山水に思いを寄せて、東山に遊んだ出来事が描かれている。謝安は恬淡とした人物で、役人生活を好まず、退官して東山(現在の浙江省上虞区)に隠居した。朝廷から招聘される度にやんわりと断っていたが、最終的には出仕することになった。謝安の人柄や気風は人々に好まれ、明代になると、この画題もまた人気を博すようになった。この絵は丁雲鵬(1547頃-1628以降)が州郡官長のために描いた作品である。

    前景には、杖を突きながら歩む一人の文士がおり、その後ろに巻物を抱えた童子が従っている。この文士が謝安なのだろう。全体に緻密に描き込まれており、険しい山々が重なり連なる中に家屋や旅人の姿も見える。細緻かつ律動感のある線で山体の質感が表現されており、画風は元代の画家王蒙(1308-1385)から大きな影響を受けている。

  • 明 陳洪綬 玩菊図

    故畫649
    紙本
    重要古物

    陳洪綬(1599頃-1652)、字は章侯、自号は老蓮、悔遅など。浙江諸暨の人。人物画と花鳥画を得意とした。人物の造形に誇張された特異な表現が見られ、変形のおもしろさがある。

    この絵には、一人の高士が瘤だらけの木に腰掛け、岩に置いた花瓶の菊と向かい合っている姿が描かれている。人物の衣服のひだは力のこもった線で丁寧に描いてある。岩の筆致は荒々しいが自然に表現されており、様々な筆法に精通していることが見て取れる。高士と菊は陶淵明(365頃-427)を連想させ、君子の品格や隠遁生活への憧れが表現されている。題識を見ると、この絵は宋代の李唐(1066-1150)が「玩菊図」という絵を友人に贈った出来事を模倣したものだと記してあり、高古の意が込められている。

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