山水の澄み切った音色
南宋の首都杭州の勝景を描いた『西湖十景』や、その他の小幅山水画は、四季折々朝暮の風景を融合させている点に大きな特色があります。このような絵画は北宋以来の『瀟湘八景』に見られる芸術上の手法に大きな影響を受けています。こちらのコーナーでは「無声詩/有声画」のエリアを設けて、「坐石看雲」と「松下曳杖」を対照してご覧いただきます。北宋の蘇軾などは、絵は「無声詩」であり、詩は「有形画」、または「有声画」と考えました。この概念により生じた詩画の風潮についての展示をご覧ください。
- 宋人 渓山暮雪
- 重要古物
近景には川沿いの斜面と生い茂る樹木が描かれている。荷を運ぶ旅人が寒空の下、うつむいて道を進んでいる。それほど遠くない所にある竹籬の扉が半開きになっており、屋根の棟は白い雪に覆われている。輪を描きながら帰って来るカラスの群れが見える。川を隔てた中景の林や山麓は立ち込める雲霧に隠され、岸辺では野鳥が戯れているが、遙かに清らかな空間は朦朧としている。遠景に連なる山々は雪も晴れ、森の奥に精舎が見える。シルエットのように浮かぶ遠山は夕暮れが近いためにほの暗く、ぼんやりとしか見えない。作者は不明だが、画風から南宋初頭の作品だと考えられる。北宋の宋迪(1015頃-1080)の『瀟湘八景』に「江天暮雪」という風景がある。この絵の雪景は日暮れ時の雲霧を意図的に描いており、この画題を継承しつつ小景の趣を融合させてあり、生気に満ちている。
- 宋 葉肖巌 西湖十景
- 重要古物
本冊の画幅第十開の左下に「肖巌」2文字の款がある。葉肖巌は13世紀前半に活動した杭州出身の画家だが、伝世の画跡はごく僅かしかなく、その生涯についての記載も少ない。南宋の「西湖十景」の組み合わせは13世紀の文献に見られ、南宋時代に流行した画題である。十景には、「蘇堤春暁」、「柳浪聞鶯」、「花港観魚」、「麴院荷風」、「両峰插雲」、「雷峰夕照」、「三潭印月」、「平湖秋月」、「南屏晚鐘」、「断橋残雪」があり、この絵図は四季折々朝暮の清麗な風景にそれぞれ呼応する。この種の絵は名勝の風景に四季や時間帯により異なる眺めを融合させ、実景と詩情が合わせて表現されている。その源流は北宋の『瀟湘八景図』にあり、南宋時代に首都杭州の特色豊かな山水画が発展した。
- 宋 李唐 坐石看雲
- 重要古物
李唐(1070頃-1150)は南北宋時代に活動した山水画の名家である。北宋末期の作品「万壑松風」では、隙間なく重なる山体を描き、斧劈皴と深浅異なる青緑で山石をぼかして、松林が鬱蒼と茂る山間の幽谷を表現している。
この絵は無款で、旧籤題には李唐作とあるが、李唐の画風を用いて描かれた南宋時代の作品である。画中の高士二人は川の流れが尽きる所まで歩き、石に腰を下ろして雲気が湧き上がる様子を眺めている。深い森にせせらぎと滝の音が響き、幹の曲がった松が青々とした枝を伸ばしており、眼前には水煙が湧き立っている。川べりに座る二人の高士はせせらぎに足を浸し、実に楽しそうに見える。この作品を見ると、唐代の詩人王維(699-761)の「終南別業」という詩の一節「行到水窮処、坐看雲起時」の境地が実感できる。 - 伝 宋 許道寧 松下曳杖
- 畫001265-8
- 重要古物
画幅の左下に「道寧」の款があり、旧籤題にも北宋許道寧(11世紀頃)作とあるが、松や竹、人物などの描き方を見ると、劉松年(12世紀末頃)の画風から影響を受けており、南宋後期の作品だと考えられる。
湖畔に生い茂る松や竹が木陰を作っている。杖を手に小路から歩み出てきた文士が足を止め、松や竹の葉のそよぐ音に耳を澄ましているように見える。文士の被り物や衣服も風に吹かれて翻っている。このような平面の絵画で、詩詞に描写された「松の葉ずれの音を聞く」という音のイメージを表現する試みは、南宋の画家にとっては大きな挑戦だった。もともと北宋の蘇軾(1037-1101)などらが絵画と詩詞の融合に注目しており、絵画は「無声詩」、詩は「無形画」または「有声画」とみなしていた。南宋時代の絵画には「有声」(音が表現された)絵画の創出という新しい面が見て取れる。