丹青誌異
溥心畬の作品中、妖怪や小鬼は最も特殊な題材です。来台以降、日頃から『西遊記』や『聊斎志異』、『山海経』などの小説を愛読していた溥心畬は、それらを題材にした絵で世人を風刺することもありました。そうした作品には、ユーモラスな表現が見られるだけでなく、深甚な寓意が込められていました。この度の特別展で展示される「鬼趣図」、「西遊記」、「太平広記故事」、「神異図」は小さな作品ですが、清雅な趣が一際強く感じられ、新鮮な感動を覚えます。
このほか、こちらのコーナーでは神祇類の画作も展示します。軸装の鍾馗や観音、嫦娥、魁星、寿星、関公など、着色画や墨画、朱筆、白描など、いずれの作品も極めて優美な筆致が見られ、ありとあらゆるイメージが表現されており、溥心畬の伝統的人物画に対する幅広く、奥深い理解と表現力が充分に感じられます。
- 民国 溥儒 太平広記故事
- 冊頁 紙本着色 縦24.6 cm 横15.4 cm
- 寒玉堂寄託
『太平広記』は宋代の李昉により編纂(978)された類書で、漢代から宋代初頭にかけての逸話や奇談、野史、伝奇など、500種が引用されている。あらゆる内容が網羅されていることから、後世の小説や戯曲の創作に大きな影響を与えた。
溥心畬の『太平広記故事』冊には計26幅が収録されている。各幅が清新かつ脱俗的な筆調で描かれており、主題に合わせた絵図のほか、『太平広記』から抜粋した文も記してあり、文人画の特徴である「図文相輔」が充分に発揮されている。
- 民国 溥儒 猫鼠墨戯
- 軸 紙本墨画 縦57.8 cm 横28.5 cm
- 劉徳豊氏寄贈
猫が熟睡しているのをいいことに、擬人化されたネズミたちがその前に集まってふざけている。人間の服を着て身体を揺らしているネズミもいれば、人間が読書する様子をまねているネズミもいる。杯を掲げて飲もうとしているネズミ、すでに酔いつぶれて机に突っ伏しているネズミもいる。全体に簡略化された筆致で描かれており、乾湿のバランスもよい。この絵には題記もなければ、画意の説明もないが、溥心畬は何か思うところがあってこの絵を描き、猫とネズミのユーモラスな姿を通して、世間の不合理な行いを風刺したようである。
- 民国 溥儒 朱筆鍾馗
- 軸 紙本硃筆 縦86.6 cm 横41.2 cm
- 寒玉堂寄託
官服を着た鍾馗が硃筆で描かれている。傍らには鍾馗が服従させた山鬼がおり、菖蒲や蓬、菩提樹の葉の花束を掲げながら付き従っている。鍾馗と山鬼が連れ立って歩くこのような姿を、溥心畬は幾度も絵にしている。一部の作品は山鬼の視線が左上方に向けられている。その視線の先には「双喜」を象徴する2匹の蜘蛛が垂れ下がっていることが多い。溥心畬が残した大量の鍾馗像は、年末年始に慌しく依頼に応じていたことを示している。
- 民国 溥儒 鬼趣図
- 冊頁 紙本墨画 縦21.9 cm 横14.1 cm
- 寒玉堂寄託
溥心畬は1959 年、64歳の時にこの冊を制作した。八幅の小品に描かれた鬼の装束や姿態はそれぞれ異なり、裸身に短い裙を纏った鬼もいれば、長袍の裾を引きずる鬼、山から飛び降りる鬼、影のように身を寄せる鬼もいる。それぞれが生き生きと描かれており、面白味溢れる作品となっている。鬼の絵と題されてはいるが、実際には晩年の自分自身を比喩的に表現したもので、題記で自身の不遇が暗に示されている。山間の魂魄は困難に陥った際の苦境にも似ているが、名利を求めず、清明風月をただ一人楽しむことへの期待でもある。
- 民国 溥儒 西遊記
- 冊頁 絹本着色 縦17 cm 横10 cm
- 寒玉堂寄託
溥心畬は愛読書である『西遊記』を題材に描いた絵を、幾度か小品集冊にまとめている。計12幅ある本冊は1952年、57歳の時に制作された。各幅は呉承恩の章回小説『西遊記』の順番通りに並んでいるわけではなく、画家のお気に入りの場面が好きなように並べてある。簡潔な構図に、溌剌とした筆調、一部の人物は京劇の役者のような扮装で描かれているが、全て原作に合致している。しかし、通俗小説の挿絵に比べると、高潔で脱俗的な文人気質が感じられる。