宝島采風
溥心畬は台湾の台北市に定住していましたが、絵画を教授する傍ら、台湾各地の名勝を観光して回り、大量の写生作品を残しました。
伝統に深く根ざした画家にとって、写生は必ずしも規則正しく行うべきものではなく、眼前の景色を模擬的に再現し、物体の形状や本質を捉えたのみならず、用筆の健やかな力強さや着色の清雅な趣がそのまま維持されています。題材は風景や人物、果実、花卉、動物などがあり、「玉峰雪景」や「番人射鹿図」、「魚蝦」冊、「菜蔬」冊、「変葉木賦」、「画海石」など、力作も含まれます。また、創作に励む一方で、各作品に題記を加えるのも怠りませんでした。風景の描写を通して思いを表現した作品は、何者も到達し得ない清逸さと自由な気風が突出しています。
- 民国 溥儒 帚生菌
- 軸 紙本着色 縦56.6 cm 横30.2 cm
- 寒玉堂寄託
溥心畬は丁寧な観察を通して、日常の些細な出来事を詩句や作画の題材とするのに長けていた。来台後の三月─梅雨の季節に、壁の辺りの古いほうきに目をやると、湿気のせいでキノコが生えていた。その様子が感慨深く、この悲歌を作り絵を描き、物に託して心情を表現した。皇室の末裔だが、志はあっても思うにまかせず、帰郷できる見込みもない悲しみが、古いほうきを通して表現されている。詩堂に詩人の張昭芹(1873-1962)による題款(1953)がある。
- 民国 溥儒 奇石花籃
- 軸 絹本着色 縦44.6 cm 横37.9 cm
- 寒玉堂寄託
題記によれば、本作は書案の前に置かれていた調度品を随意に描いたものらしい。溥心畬は海辺で特徴的な形をした緑色の石を拾い、秋の花を生けた竹製の花器の傍らに置いた。竹で編んだ花籃の模様や構造が丹念に描写されており、南宋の李嵩(1170-1255)の花籃図を連想させる。李嵩が描いたのは籠に溢れんばかりに盛られた艶やかな生花だが、溥心畬のこの絵は白い木槿と菊が数本のみで、文人らしい清雅な趣がある。
- 民国 溥儒 変葉木賦
- 軸 紙本着色 縦66 cm 横37.2 cm
- 寒玉堂託管
台湾ではありふれた植物のヘンヨウボクも、溥心畬の手にかかれば、宋末元初の銭選の花鳥画を思わせる絵になる。溥心畬は薄い墨で葉の輪郭線と葉脈をうっすらと描き出し、軽やかな色を少しずつ重ねて、自然に生じたかのような没骨の効果を生み出している。本作の清らかで麗しい図像や、上方に小楷で書かれた自作の「変葉木賦」を見ると、溥心畬がヘンヨウボクを特に好んでいたことがわかる。また、溥心畬は賦を借りて誓いを立てている。
- 民国 溥儒 番人射鹿図
- 横披 絹本着色 縦13.3 cm 横96.8 cm
- 寒玉堂寄託
小さな画幅に起伏ある山々が鉤皴で描かれており、山と樹木が互いに映えている。一頭の牡鹿が岩の上に立っている。その跡を追いかけて来た三人の原住民が弓を持ち、茂みに隠れて鹿を狩る機会を伺っている。全体が丹念な筆致で描かれており、着色は淡く脱俗的である。北宋山水の伝統を継承しているのみならず、画家の高潔な文人気質も感じられる。来台初期に制作された作品で、大陸とは異なる風物を目にして感じるものがあり、それらを一つ一つ絵にした。それは原住民の暮らしの一齣でもあり、鮮やかなイメージが絵画として残されている。
- 民国 溥儒 玉峰雪景
- 卷 紙本着色 縦13.3 cm 横96.8 cm
- 寒玉堂寄託
本作は「雪景」と題されているが、白い雪山は画面の中段のみで、樹木が生い茂る山が徐々に広がり、近景の画面を占めている。題識によれば、溥心畬が描いたのは純粋な雪景色ではない。亜熱帯に位置する台湾の冬は高山に雪が降るのみで、それ以外の場所では一年中青々とした草木が茂る。巻末の題識の下に書かれた数本の小さな木は、玉山に雪景色を見に行きたくても「高山は危険すぎて行くことができない」ため、絵を描いてその心情を表すしかない溥心畬自身のなのではないだろうか。