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焚香

古くから焚香は日常生活の一部になっていただけでなく、芸術の一つでもありました。焚香が普及するにつれ、香に関する専門書「香譜」も広まりました。また、香炉や香盒、香盤などの道具類も大量に制作、販売され、一般に流通するようになりました。それらの品々は実用と観賞用を兼ねていたのみならず、文人たちの贈答品としても用いられるようになったのです。

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    • 宋 黄庭堅 書嬰香方
    宋 黄庭堅 書嬰香方_プレビュー

    宋 黃庭堅 書嬰香方

    • 冊頁
    • 縦 28.9 cm
    • 横 37.7 cm

    黄庭堅(1045-1105)、字は魯直、号は山谷道人、洪州分寧(現在の江西省修水県)の人。本作は無款だが、用筆と書風から黄庭堅の書と考えられる。内容は嬰香の調合法である。南宋陳敬の『陳氏香譜』にもこの調合法が記載されているが、檀香も加えてあり、中心となる香りは沈水香で、黄庭堅が用いた角沈ではなく、龍脳と麝香の使用量もかなり少ない。丁謂(966-1037)の「天香伝」によれば、角沈は海南島沈香の中でも極上のもので、当時は最高の香とされていた。

    • 宋 龍泉窯 翠青鬲式炉
    • 宋 龍泉窯 翠青鬲式炉
    • 宋 龍泉窯 翠青鬲式炉
    宋 龍泉窯 翠青鬲式炉_プレビュー

    宋 龍泉窯 翠青鬲式炉

    • 高さ 10.5 cm
    • 口径 14.3 cm

    この青磁香炉は浙江省龍泉窯で制作されたもので、袋状の足が3本ついている。青銅器の鬲と比較すると、どの箇所を模倣したのか、両者の関係がよくわかる。浙江省徳清県呉奥墓(1268)と四川省遂寧窖蔵(1234)、韓国の新安沖海底沈没船(1323)の出土品から、鬲形炉の流行と使用期間が推測できる。宋人は焚香の際、道具類が醸す味わいを重んじたため、楊万里の詩文「琢磁作鼎碧于水」(水のような碧色の鼎形青磁香炉)に合わせ、文人たちの憧れだった青磁香炉の趣がある作品を展示する。

    • 宋 蘇軾 致運句太博尺牘
    宋 蘇軾 致運句太博尺牘_プレビュー

    宋 蘇軾 致運句太博尺牘

    • 冊頁
    • 縦 26.1 cm
    • 横 20.9 cm

    蘇軾(1037-1101)、字は子瞻、号は東坡居士、四川眉山の人。熙寧4年(1071)頃に書かれた書簡で、用筆は秀麗で力強く、流れるような線も美しい。紙は折枝梅羅紋のある砑花粉箋が使われており、剥落した部分もあるが、梅の花の模様がはっきりと見て取れる。蘇軾はこの書簡で先方から贈られた極上の逸品「臨安香合」への礼を述べている。香料を入れる容器には金銀製や磁器、漆器などがあり、よく誕生祝いに贈られた。蘇軾は紹聖2年(1095)に恵州へ流された際、蘇轍(1039-1112)の誕生祝いに香合を贈っている。

    • 南宋-元 剔犀雲紋盒
    • 南宋-元 剔犀雲紋盒
    南宋-元 剔犀雲紋盒_プレビュー

    南宋-元 剔犀雲紋盒

    • 高さ 3.9 cm
    • 直径 8.4 cm

    『東京夢華録』と『夢梁録』によれば、北宋の開封城と南宋の臨安城では、時に香盒を売る商店が見られたそうである。この黒一色の地に雲紋が彫刻された盒は、当時流行の装飾技法や紋様が見えるだけでなく、蘇軾の尺牘に記された「臨安香盒極佳妙」とも対照でき、香盒を贈り合った文人たちの風習を今に伝えてくれる。

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