展覧会先取り情報
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世の繁栄を書き尽くす─明代晩期の文化人王世貞とその志業
明代を代表する歴史家で、文学者でもあった王世貞(1526-1590)は多数の著作を残しています。芸術や文化に関する活動にとりわけ熱心で、ほぼ全ての分野に関与していました。注目に値するのは、16世紀における明代の繁栄を観察し、記録していた点です。この度の特別展では、王世貞の輝かしい生涯とその志業を通して、明代晩期の豊かに栄えた文化をご紹介しつつ、この時代ならではの溢れんばかりの創意や、芸術に関する様々な事柄で競い合った、文化的な生活についてご覧いただきます。このほか、歴史家としての王世貞の目を通して、繁栄下の文化的基盤についても明らかにします。
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避暑山荘――清帝国多元支配の縮図
避暑山荘は熱河行宮、灤陽行宮とも呼ばれ、康熙四十二年(1703)に造営が始まりました。清代の皇室御苑の中で最大の広さを誇るばかりでなく、目下保存状態が最も良好な離宮です。その名の通り、避暑山荘は皇帝が毎年のように訪れた避暑地ですが、山荘の存在意義はそれだけに留まらないものでした。避暑山荘の所在地である熱河地区は、大部分がモンゴル族の遊牧地であり、清帝国から北アジアを臨む位置にありました。毎年およそ五月から九月にかけて皇帝は避暑のため山荘に滞在し、秋には狩りを行い、モンゴルやチベットの高僧や王侯貴族に接見したほか、外国の使者も山荘に赴き皇帝の謁見を受けました。また、清帝国の数々の重大な政策決定が皇帝の山荘滞在中になされ、山荘より聖旨が下されました。このように清王朝における避暑山荘は、まぎれもなく紫禁城に次ぐ帝国第二の政治の中心でした。
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閑情四事──挿花・焚香・掛画・喫茶
今も昔も暮らしの質や情趣にこだわりを持つ人々は、何の変哲もない平淡な日常にも何がしかの変化や味わいを生み出そうとします。現在も好まれる挿花、焚香、掛画、そして喫茶の「四事」は、古くからそれらを楽しむ人々がおり、その歴史は千年以上前に遡ることができます。
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すてきな魔法のお部屋─故宮のロココ
すてきな魔法のお部屋へようこそ。
今からみなさんは時間をこえて、現代からちょうど200年前のヨーロッパをおとずれます。このお部屋の「かざりやもよう」は魔法の一つです。このもようがあると、ふつうの生活や、いつも使っているものに新しい命がふきこまれるようです。この魔法は「ロココ」(Rococo)と呼ばれています。自然のお花や草を参考にして作りました。このおしゃれですてきなかざりやもようは、この時代にとてもはやっていました。
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過去の展覧会彼女─女性のイメージと才芸
この世には男性と女性が半分ずつ存在します。文化の発展とその歴史的過程において、女性の地位と貢献には軽視できないものがあります。故宮では、女性を対象とした作品や、女性が創作した作品を多数収蔵しており、その芸術的価値も極めて高いと言えます。しかし、実際のところ、中国の数千年に及ぶ古代社会は基本的に男性主導型の社会的仕組みが構築されていました。そのため、「男尊女卑」や「男は外、女は内」、「か弱い女性は美しい」、「女性の無才は美徳である」などの言い方が、中国の女性たちに大きな影響を与えたのは間違いなく、多くの人々がこのような固定観念を抱くようになったのです。そして、極めて多くの女性たちがその生涯を通して、存分に才能を発揮する場を得られずに終わりました。こうした女性たちの境遇や心の声は、一部の優れた芸術作品を通してのみ、運よく同情や関心を持ってもらえたのです。