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はじめに:収蔵と家難

王家が所蔵する「清明上河図」を強奪しようとした厳嵩(1480-1567)の企みは失敗に終わり、報復の機会を窺っていた厳嵩によって、王世貞の父王忬は謀略により死に追いやられたと、民間には広く伝えられています。王世貞は父の仇討ちのために有名な長編小説『金瓶梅』を書いたとも言われます。厳家と王家の恩讐は非常に複雑で常軌を逸しており、故事の真偽は定かではありません。しかし、厳嵩失権後に没収された家財の目録『天水冰山録』と『鈐山堂書画記』を見ると、驚くほど贅沢な富を蓄えていたことは明らかです。厳嵩父子の収蔵品であれ、『金瓶梅』の世界であれ、明代晩期の物質的生活の豊かさと、それに対する執着が満ちています。代々官吏を輩出した名家に生まれた王世貞も幼少の頃から書画の鑑賞に親しみ、風雅な日々を過ごしていました。政治上の闘争と豪奢な趣味の競逐が収蔵品の集散に繋がり、明代晩期における繁栄が幕を開けたのです。

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    • 宋 張択端 清明易簡図
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    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    • 宋 張択端 清明易簡図
    宋 張択端 清明易簡図_プレビュー

    宋 張択端 清明易簡図

    • 第1期 10.5(水)-12.25(日)

    画幅に王世貞と厳世蕃(1513-1565)の偽印があり、明代後期に制作された贋作と推測される。王世貞の父である王忬(1507-1560)は「清明上河図」の複製品を使って厳嵩(1480-1567)父子をやり過ごしたが、それを恨みに思った厳嵩によって死に追いやられた故事にこじつけて制作されたもので、それによりこの絵の信頼度を高め、価格を吊り上げようとしたのだろう。

    巻末に「翰林画史臣張択端進呈」と記されている。画中に見える看板─「孫好手饅頭」や「潘家黄耆円」など、いずれも『東京夢華録』の記述と一致する。人物の表情や姿態も非常に丹念に描写してあり、にぎわう街中の様子が詳細に描かれている。倣作中の佳作である。

    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    • 唐 懐素 自敘帖
    唐 懐素 自敘帖_プレビュー

    唐 懐素 自敘帖

    • 第1期 10.5-11.15(期間限定展示)

    懐素(8世紀後半)、本姓は銭、字は蔵真。生まれは湖南だが、後に長安へ移った。顔真卿(709-785)などの名家が懐素の草書を賞賛し、文を贈ったので、大暦12年(777)にそれらを引用して本作を書き上げた。狂草の大字が細く力強い線で書いてあり、全体に尋常ではない動きと変化を見せている。激しく揺れ動く中でも法は失われておらず、草書芸術の極致とも言える表現が見られる。

    拖尾にある文徴明(1470-1559)の跋文によれば、本巻は北宋蘇舜欽(1008-1048)が所蔵していたという。明代中晩期は蘇州に伝わっており、王世貞の父を陥れた厳嵩(1480-1567)も一度は入手している。厳嵩の充実したコレクションの一端がうかがえる。

    • 宋 徽宗 詩帖
    • 宋 徽宗 詩帖
    • 宋 徽宗 詩帖
    • 宋 徽宗 詩帖
    • 宋 徽宗 詩帖
    • 宋 徽宗 詩帖
    • 宋 徽宗 詩帖
    • 宋 徽宗 詩帖
    • 宋 徽宗 詩帖
    • 宋 徽宗 詩帖
    • 宋 徽宗 詩帖
    • 宋 徽宗 詩帖
    宋 徽宗 詩帖_プレビュー

    宋 徽宗 詩帖

    • 第2期 2.8-3.21(期間限定展示)

    宋徽宗(1082-1135)、姓は趙、名は佶、神宗(1048-1085)の第11子、哲宗(1077-1100)の弟。芸術を好み、書画に優れていた。行草正書の筆勢は力強く伸びやかで、法は黄庭堅(1045-1105)に近く、薛稷(649-713)まで遡る。力のこもった細く鋭角的な「痩金書」と言われる独自の書体を創出した。

    この作品は没収された厳嵩(1480-1567)の私財目録『鈐山堂書画記』に記載されている上、巻首に明代の没収品を整理点検した際に押された「南昌県印」の半印もあり、かつては厳嵩が収蔵していた作品であることがわかる。現存する宋徽宗の書跡中、字体が最も大きい作品で、比較的小さな文字の方が直線的かつ剛強である。

    • 明 蘭陵笑笑生 金瓶梅詞話
    • 明 蘭陵笑笑生 金瓶梅詞話
    明 蘭陵笑笑生 金瓶梅詞話_プレビュー

    明 蘭陵笑笑生 金瓶梅詞話

    • 第1期 10.5(水)-12.25(日)
    • 第2期 12.28(水)-3.21(火)

    『金瓶梅』の書中で示される作者の蘭陵笑笑生とは一体何者なのか、その実像は長年謎のままである。しかし、明代晩期にこの情緒的な物語が出版されると、多くの人々が王世貞が執筆したもの違いないと考えた。その説の根拠となったのが、王世貞が厳嵩(1480-1567)とその一族を深く恨んでいたことで、王世貞は小説を通して、厳氏一族を嘲笑し、批判するのが目的だと推察された。作中で西門慶と蔡太師を通して描写される官僚の腐敗は、厳嵩一族の礼法に反する政治的行為を暗に示しており、「西門」慶という名前と厳世蕃(1513-1565)の「東楼」という斎号が呼応している点も、そのような連想の信憑性を高めている。

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