秀美を競う女性たち
女性の美の基準は時代によって移り変り、大きな違いがあります。こちらのコーナーは三つのセクションに分けて、様々な古代女性の典型─唐代宮廷のふくよかな妃嬪たちや、宋代のしとやかで高貴な女性たち、明清代以降のほっそりスリムな美女たちの姿をご覧いただきます。一部の作品は、表面的に見るだけなら、画家の芸術に対する造詣の深さに感嘆せずにはいられないでしょう。しかし、一部の作品の背後には、屈折した哀しい物語が隠されています。絵を見た後もその場を去りがたく、繰り返し見ているうちに、作品の奥底に秘められた意味を感じ取ることができるでしょう。
伝 唐 周昉 調嬰図
この絵には貴族の仕女が描かれている。頭髪を高く結い上げ、裾の長い衣服を身に付け、肩に羅帔(薄物の肩掛け)を羽織っている。唐代女性の典型的な装束である。画中の人物を見ると、琴を持っている者や箜篌(ハープに似た撥弦楽器)を爪弾く者、笛を吹く者、琵琶の調音をする者、古箏(琴に似た撥弦楽器)を演奏する者など、それぞれがゆったりと過ごしている。乳母に抱かれた赤子は楽器の音色に反応しているかのように見え、優雅な雰囲気の和やかな画面となっている。
古代の貴族階級は既得権益を維持するために、子女の教育を重んじていた。この「調嬰図」は、一族の女性が子どもを教育する場面を描いた作品である。張維楨氏(羅家倫夫人)寄贈。
五代人 浣月図
作者の款印はなく、五代人作とされている。天にかかる明月、庭には枝の曲がった松や、アオギリ、芭蕉が植えてあり、枝葉が生い茂る中、フヨウとタチアオイ、ヒナギクの花が競うように咲いている。蟠螭が頭を下にして奇石に貼り付いており、その口から流れ出た水が下にある器に落ちて波紋を作っている。着飾った美しい女性が身をかがめて水を取り、手にした明珠を洗おうとしている。その傍らには三人の侍女がいて、向かいの一人は香を焚き、後ろの一人は奩(化粧箱)を持ち、もう一人は琴をかかえ、穏やかな表情を浮かべている。これらのイメージは、唐代于良史の詩「春山夜月」の一句「掬水月在手」(手で水をすくうと、手の中の水に月が映る)を元に描かれた可能性が高い。
宋 王詵 繡櫳暁鏡図
この作品には作者の款印がなく、題籤には王詵(1036-1099)と記されている。しかし、画風に類似点がなく、宋代の院画家の作と推測される。画幅が紈扇形になっており、もともとは涼を取るための実用品だったが、後に冊頁に改装されたものである。画中の花と樹木が互いに生え、屏風と卓が置かれた傍らに、宮廷の装束に身を包んだ女性が鏡に向かって立っている。匲盒(化粧道具箱)を持つ二人の侍女が、箱の中の化粧道具をのぞき込んでいる。人物はもちろん、添えられた道具や背景も極めて丁寧に描写されている。色数は多く華やかだが、淡雅な趣も失われておらず、女性らしい穏やかで柔和な美しさが充分に表現されている。
明 唐寅 陶穀贈詞図
唐寅(1470-1524)、字は伯虎、呉県(現在の江蘇省蘇州市)の人。初めは周臣に師事し、後に宋代と元代の絵画を広く学んだ。その画風は精謹かつ秀麗で、清く淡雅でありながら力強い。明四大家の一人に数えられる。
この絵には、北宋初年に陶穀が南唐に派遣された際の故事が描かれている。南唐は宮妓の秦蒻蘭を駅吏の娘と偽って陶穀のもとへ送り込み、色仕掛けで陥れようとした。策にはまった陶穀は邪念を起こし、二人は詞を詠んで贈り合った。後に後主が催した宴で陶穀は君子然としていたが、後主が蒻蘭を呼んで歌わせたところ、その歌詞が陶穀が贈ったものだったため、陶穀は慌てふためいたという。
明 陳洪綬 仕女
陳洪綬(1598-1652)、号は老蓮、浙江諸暨(現在の浙江省紹興市諸暨市)の人。絵の構図や配置は古風で独創的な表現を重んじているが、面白味溢れる作品となっている。明代晩期に極めて大きな影響力を持った変形主義の画家。
この作品は『雑画』冊の第六開である。まげを高く結い上げた美女がこちらを振り向いている。典麗な衣服は配色も美しく気品がある。古朴な用筆は落ち着きがあり、線の転折箇所を見ると、折れ曲がる線のうちに柔らかな力強さも秘められており、画家が心を込めて描いた傑作である。左側に行書の自題である詩句2行が書いてあり、絵に趣を添えている。制作年は乙酉─陳洪綬が48歳の時に描いた作品である。
明人 顧繡西池王母
「顧繡」は明代万暦(1573-1619)年間に、上海の顧という名家の女性により創出された刺繍である。顧名世、嘉靖(1522-1566)年間に進士に及第。江南の園林を修築し、詩詞や書画で友人らと交流した。顧氏の女性もそのうちの一人であり、筆の代わりに針を使って宋元代の名蹟を表現した。刺繍も次第に上流階級の女性たちの芸術活動の一つとなっていった。
この掛屏(壁に掛ける装飾品)に刺繍されているのは、道教の女仙を代表する西王母である。吉祥を意味する雲の合間を縫って、寿桃を手にした王母娘娘が色鮮やかな鳳に乗って飛んできたところで、その傍らに扇を持つ女仙が従っている。民間で流行した聖像である。