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秀美を競う女性たち

 女性の美の基準は時代によって移り変り、大きな違いがあります。こちらのコーナーは三つのセクションに分けて、様々な古代女性の典型─唐代宮廷のふくよかな妃嬪たちや、宋代のしとやかで高貴な女性たち、明清代以降のほっそりスリムな美女たちの姿をご覧いただきます。一部の作品は、表面的に見るだけなら、画家の芸術に対する造詣の深さに感嘆せずにはいられないでしょう。しかし、一部の作品の背後には、屈折した哀しい物語が隠されています。絵を見た後もその場を去りがたく、繰り返し見ているうちに、作品の奥底に秘められた意味を感じ取ることができるでしょう。

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唐 周昉 調嬰図
伝 唐 周昉 調嬰図
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唐 周昉 調嬰図

 この絵には貴族の仕女が描かれている。頭髪を高く結い上げ、裾の長い衣服を身に付け、肩に羅帔(薄物の肩掛け)を羽織っている。唐代女性の典型的な装束である。画中の人物を見ると、琴を持っている者や箜篌(ハープに似た撥弦楽器)を爪弾く者、笛を吹く者、琵琶の調音をする者、古箏(琴に似た撥弦楽器)を演奏する者など、それぞれがゆったりと過ごしている。乳母に抱かれた赤子は楽器の音色に反応しているかのように見え、優雅な雰囲気の和やかな画面となっている。

 古代の貴族階級は既得権益を維持するために、子女の教育を重んじていた。この「調嬰図」は、一族の女性が子どもを教育する場面を描いた作品である。張維楨氏(羅家倫夫人)寄贈。

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唐 周昉 内人双陸図
伝 唐 周昉 内人双陸図
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唐 周昉 内人双陸図

 周昉(8世紀末に活動)、京兆(現在の陝西省西安市)の人。人物画に優れ、その作品は神品と讃えられた。

 「双陸」は二人で行う盤上遊戯で、古代天竺が起源とされる。中国では唐代に流行した。『旧唐書・後妃列伝』及び唐人の詩句によれば、宮廷や上流階級で好まれていたことが知れる。この絵では、艶やかでふくよかな貴族の女性二人が向かい合って座り、双陸で遊んでいる。侍女たちが二人を囲むようにしてその様子を眺めており、遊戯で気晴らしをした、当時の日常がうかがえる。二人が腰掛けている月牙凳(背もたれのない腰掛け)は、唐代女性の暮らしにしばしば登場する。

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五代 周文矩 仕女図
伝 五代 周文矩 仕女図
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五代 周文矩 仕女図

 周文矩(10世紀)、建康句容(現在の江蘇省鎮江市)の人。南唐後主李煜に翰林待詔として仕えた。皇帝の肖像、車や道具類、人物などの絵を得意とした。用筆は細いが力強く、線の曲折は滑らかだが顫筆もあり、独自の画風を確立した。周文矩が描いた仕女は唐代の周昉の画風を継承したものだが、その繊細さと秀麗な姿は周昉に勝る。

 アオギリの木陰で、手すりにもたれて読書をする女性が描かれている。足下には猫がうずくまっている。画中に作者の名款はない。衣服の線の転折は剛健で、周文矩の風格には似ておらず、画題は後人により書き添えられたものである。

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五代人 浣月図
五代人 浣月図
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五代人 浣月図

 作者の款印はなく、五代人作とされている。天にかかる明月、庭には枝の曲がった松や、アオギリ、芭蕉が植えてあり、枝葉が生い茂る中、フヨウとタチアオイ、ヒナギクの花が競うように咲いている。蟠螭が頭を下にして奇石に貼り付いており、その口から流れ出た水が下にある器に落ちて波紋を作っている。着飾った美しい女性が身をかがめて水を取り、手にした明珠を洗おうとしている。その傍らには三人の侍女がいて、向かいの一人は香を焚き、後ろの一人は奩(化粧箱)を持ち、もう一人は琴をかかえ、穏やかな表情を浮かべている。これらのイメージは、唐代于良史の詩「春山夜月」の一句「掬水月在手」(手で水をすくうと、手の中の水に月が映る)を元に描かれた可能性が高い。

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宋 王詵 繡櫳暁鏡図
宋 王詵 繡櫳暁鏡図
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宋 王詵 繡櫳暁鏡図

 この作品には作者の款印がなく、題籤には王詵(1036-1099)と記されている。しかし、画風に類似点がなく、宋代の院画家の作と推測される。画幅が紈扇形になっており、もともとは涼を取るための実用品だったが、後に冊頁に改装されたものである。画中の花と樹木が互いに生え、屏風と卓が置かれた傍らに、宮廷の装束に身を包んだ女性が鏡に向かって立っている。匲盒(化粧道具箱)を持つ二人の侍女が、箱の中の化粧道具をのぞき込んでいる。人物はもちろん、添えられた道具や背景も極めて丁寧に描写されている。色数は多く華やかだが、淡雅な趣も失われておらず、女性らしい穏やかで柔和な美しさが充分に表現されている。

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宋 李公麟 画麗人行
宋 李公麟 画麗人行
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宋 李公麟 画麗人行

 この絵は杜甫の詩「麗人行」を題材としている。楊貴妃の姉である虢国夫人らの一行9名が、初春の頃に騎馬で出遊する様子が描かれている。女性はふくよかで、額と鼻を白くする、当時流行の化粧をしている。よく肥えた馬は壮健で、隊列はのんびりと進んでいるように見える。人馬の造形はもちろん、髪型や服装、着色、画法など、いずれにも唐代の風格が明らかに見て取れる。

 原作に画家の款印はない。宋代の李公麟(1049-1106)が人馬の絵を得意としていたことから、後人が李公麟の作と推測したのだろう。

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宋 李唐 文姫帰漢図
宋 李唐 文姫帰漢図
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宋 李唐 文姫帰漢図

 この絵には、胡に捕われた後漢の才女蔡文姫(162-229)の苦難を背景にした故事が描かれている。全冊18幅あり、この史実の経緯や人物、車馬、背景画など、いずれも極めて丹念な筆致で描写されている。各幅に「胡笳十八拍」の詩文が添えてあり、絵と文を対照して見られるようになっている。

 この絵の作者は李唐(1049頃-1130以降)とされていたが、制作時期はそれよりもやや後の時代である。多くの箇所が補修されているが、精麗な南宋院体絵画の特徴がほぼそのまま残されている。

  • 宋 李唐 文姫帰漢図
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宋 劉松年 桃花仕女
宋 劉松年 桃花仕女
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宋 劉松年 桃花仕女

 霰石を彫刻した欄干。桃の木が左から斜めに枝を伸ばしている。枝には今にも綻びそうなつぼみがついており、詩文のように春めいた雰囲気がある。花の下にいる女性の頬に赤みが差している。手にした紈扇を手前に傾け、蝶と戯れているように見える。

 画家は『周南・桃夭』の「桃之夭夭、灼灼其華」を典故とし、春に満開となる桃の花を用いて、若い女性の明るく朗らかな美しさを象徴的に表現している。また、人物の身体の動きを生かして、袖口から腕をのぞかせている。旧題は劉松年(1174-1224に活動)とあるが、風格に明代の趣が感じられる。

  • 宋 劉松年 桃花仕女
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宋 李嵩 聴阮図
宋 李嵩 聴阮図
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宋 李嵩 聴阮図

 緑滴る樹木が木陰を作り、花々が咲く庭園で、一人の文士が仏塵(払子)を持ち、榻(寝台)に寝そべって涼みながら、女楽(女性の奏者)が爪弾く阮(弦楽器)に耳を傾けている様子が描かれている。その傍らにいる美しい女性は指で花をつまんでいる。侍女二人は香を焚き、扇で風を送っている。榻と案頭(机)には観賞用の器物が置いてある。穏やかで優雅な情景に、古代の文人と女性の暮らしぶりが描写されている。

 旧題は李嵩(1190-1264に活動)作とされていたが、人物の造形や筆墨は杜堇(1465-1505に活動)に近いことから、明代中期の作品と推測される。

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宋 銭選 招涼仕女
宋 銭選 招涼仕女
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宋 銭選 招涼仕女

 銭選(1235頃-1303以降)、字は舜挙、浙江呉興(現在の浙江省湖州市呉興区)の人。宋朝滅亡後は出仕せず、詩画によりその思いを表現した。古画の模写に優れ、呉興八俊の一人に列せられる。

 この作品は『集古名絵』冊に収録されている。薄紗の高冠を戴く二人の仕女が描かれている。一人は緑衣を、もう一人は白衣を身にまとい、紈扇を持ち、庭園でゆったりと涼んでいる。二人の背後に咲く花々や樹木、太湖石がよく映えており、簡潔な構図に典雅な趣の色彩が施されている。衣服の線はクモの糸のように細いが力強い。名家の作と思われるが、作者の款印はなく、右上部にある旧籤題には銭選作とある。

  • 宋 銭選 招涼仕女
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宋人 徽宗后 欽宗后半身像
宋人 徽宗后 欽宗后半身像
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宋人 徽宗后 欽宗后半身像

 この作品に名款はない。右幅は徽宗后、左幅は欽宗后の半身像である。二人の后は花釵冠をいただき、顔の両側に垂らした博鬢は龍紋で装飾されている。顔は薄化粧だが、額の中央とこめかみの際、両頬に真珠の花鈿を貼っている。二人が身に付けている衿が朱色の紺色の衣装には、金龍や揺雉の模様が刺繍されており、細緻な描写が実に美しく華やかである。

 この二人の皇后は靖康の変(1127)で金人に連れ去られ、相次いで異郷で客死するという悲劇的な最期を遂げた。豪華な衣装に身を包んではいるが、その表情には内心の不安がうっすらと浮かんでいるように見える。

  • 宋人 徽宗后 欽宗后半身像
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宋人 宋高宗后坐像
宋人 宋高宗后坐像
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宋人 宋高宗后坐像

 宋高宗は二人の皇后を立てたが、先の正室だった邢夫人は靖康の変で俘虜となり、高宗即位後に皇后に遙冊された。紹興12年(1142)、北方から邢后の棺が送り届けられると、呉夫人が冊立された。呉后は読書を好み、翰墨の素養も極めて高く、高宗の代筆を務めたこともあるほどで、寵愛されたのみならず、深い信頼関係で結ばれていた。

 この絵は呉后の肖像画である。九龍花釵冠を戴き、顔に真珠の花鈿を貼っている。紺色の禕衣には対雉十二行が刺繍され、朱色の衿は龍紋で装飾されており、華麗を極めている。

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宋人 宮沼納涼図
宋人 宮沼納涼図
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宋人 宮沼納涼図

 蓮池の周りを囲む白い石の欄干。宮人が蓮を眺めながら涼んでいる。膝を立てて几案にもたれかかった女性の表情は穏やかだが、物思いにふけっているように見える。侍従が長い柄の付いた障扇を持っている。扇面には鳳鳥の模様があり、この女性が后妃に列せられる高貴な身分であることを示している。左側の低い卓には、暑さをしのぐ飲み物や菓子がたっぷりと用意されている。几案に一つだけ団扇が置いてあり、その孤独な様子で宮中の冷たさを伝え、自分は夏から秋へと向かう団扇だと、暗に喩えているように思える。

 旧題は宋人とあるが、家具の様式は明代のものにやや近い。

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元 趙孟頫 吹簫士女図
元 趙孟頫 吹簫士女図
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元 趙孟頫 吹簫士女図

 趙孟頫(1254-1322)、浙江呉興(現在の浙江省湖州市呉興区)の人、字は子昂、号は松雪道人。

 太湖石の傍ら、棕櫚の木陰に置いた榻に座り、あぐらを組んだ仕女が簫を吹いている。宋濂(1310-1381)は題跋で、この絵は趙孟頫の作だとしている。山石は水墨で淡くぼかされており、ごく細い線で輪郭が取られた人物の用筆と対比をなし、大まかに描かれた、古拙な味わいの背景に、繊細で秀雅な趣をかもし出している。仕女の表情や安定感のある姿勢によって、楽器の演奏に集中している様子がうまく表現されている。

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元 衛九鼎 洛神図
元 衛九鼎 洛神図
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元 衛九鼎 洛神図

 衛九鼎(14世紀)、字は明鉉。

 この絵は衛九鼎の作品中、現存する唯一の仕女画の名作である。軽やかな雲に乗る洛水の女神宓妃が、広大な川面をゆっくりと移動する様子が白描で描かれており、古朴で高雅な趣が漂う。風を受けて翻る柔らかな衣帯が、身をくねらせて飛ぶ龍のようにゆるゆると舞い上がり、神秘的で脱俗的な美しさが表現されている。中段には余白が大きく残されている。左側に一箇所補修の跡があり、右側には倪瓉の題跋がある。遠方のなだらかな山々─淡墨による写意画は、作者以外の人物が描き加えたものであろう。

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元人 元世祖后 元順宗后半身像
元人 元世祖后 元順宗后半身像
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元人 元世祖后 元順宗后半身像

 この絵には名款がなく、作者に関しては更なる研究が待たれる。右幅に世祖后、左幅に順宗后が描かれている。二人の皇后は罟罟冠をいただき、眉を一の字形に描いており、元代特有の衣装や化粧が特に目を引く。

 この種の半身像は草稿としても役立ち、これを元に全身の立軸像を描くことができる。元代に描かれた皇室の肖像画は、中原の伝統と境外の風格が融合している。人物の顔はふっくらと丸く、頬に赤みがさしており、顔立ちがはっきりと描かれている。衿の縁飾りにはイスラム風の「納石失」という錦織りが使われており、実に精緻で華やかである。

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元人 画招涼仕女
元人 画招涼仕女
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元人 画招涼仕女

 髪を頭上で大きく束ね、赤い衣を身にまとった美しい女性が、後ろを振り返りながらゆるゆると進む姿が描かれている。その傍らにいる二人の侍女は、髪を螺髻に結い、一人は拭き取りに使う白い布を持ち、もう一人は長い柄の付いた障扇を持っている。人物の配置で主従関係が一目でわかる。丁寧に描かれた衣服の線は力強く、古風な美しさがある。画上に作者の署名はなく、左下角に趙孟頫の印章があるのみである。「招涼」と題されているが、人物の服飾や持ち物を見ると、唐代の楊貴妃が沐浴した後の情景に似た箇所が多く、元代の画家による倣古の作と推断できる。

  • 元人 画招涼仕女
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元人 画梅花仕女
元人 画梅花仕女
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元人 画梅花仕女

 梅の木陰にすらりとした美しい女性がいて、手に持った銅鏡を見ながら身だしなみを整えている。その傍らには奇石や水仙の花があり、優雅で静かな情景が描かれている。女性の眉間には梅の花形の花鈿が貼ってあり、この絵の中で最も目を引く箇所となっている。徐堅の『初学記』の記述によれば、この服装から、画中の人物が南朝宋武帝の娘─寿陽公主であることがわかる。

 旧題には元人とあるが、仕女のイメージや衣服の線から推測するに、明代中期以降の作品と思われる。

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明 文徴明 蕉陰仕女図
明 文徴明 蕉陰仕女図
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明 文徴明 蕉陰仕女図

 文徴明(1470-1559)、江蘇長洲(現在の江蘇省蘇州市)の人。本名は壁、字は徴明、号は停雲生、衡山居士。

 文徴明は謹厳な人物で、ごく稀にしか仕女画を描かなかった。これは故宮所蔵品中唯一の作品である。構図も筆墨も非常に簡潔で、複雑で煌びやかな美しさを求めておらず、仕女の美しい容貌とたおやかな姿態を意図的に強調し、ある種復古的で平淡な雰囲気を表現している。当時、流行していた仕女画とは大きく異なっており、比較的文人らしい作風となっている。

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明 唐寅 陶穀贈詞図
明 唐寅 陶穀贈詞図
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明 唐寅 陶穀贈詞図

 唐寅(1470-1524)、字は伯虎、呉県(現在の江蘇省蘇州市)の人。初めは周臣に師事し、後に宋代と元代の絵画を広く学んだ。その画風は精謹かつ秀麗で、清く淡雅でありながら力強い。明四大家の一人に数えられる。

 この絵には、北宋初年に陶穀が南唐に派遣された際の故事が描かれている。南唐は宮妓の秦蒻蘭を駅吏の娘と偽って陶穀のもとへ送り込み、色仕掛けで陥れようとした。策にはまった陶穀は邪念を起こし、二人は詞を詠んで贈り合った。後に後主が催した宴で陶穀は君子然としていたが、後主が蒻蘭を呼んで歌わせたところ、その歌詞が陶穀が贈ったものだったため、陶穀は慌てふためいたという。

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明 唐寅 画班姫団扇
明 唐寅 画班姫団扇
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明 唐寅 画班姫団扇

 唐寅(1470-1524)、字は伯虎、呉県(現在の江蘇省蘇州市)の人。師匠の周臣を越えて大成し、明四大家の一人に数えられる。

 この絵は「怨歌行」を題材としている。紈扇を持つ班婕妤(紀元前48-6)が、棕櫚の木陰に物憂げな様子で佇む姿が描かれている。寂しげな表情を浮かべて、何か考え事をしているように見える。前景に見えるタチアオイの花が、夏の終わりと初秋の訪れを告げている。人物と背景を巧みに組み合わせ、画中の人物の思いや境遇を見事に描写している。観る者は、漢代を生きた美しい女性のせつない思いや世の無常に、時空を越えて共感することができる。

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明 唐寅 倣唐人仕女
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明 唐寅 倣唐人仕女

 『雲渓友議』の記載によれば、唐人の崔涯は揚州で文采により名を高め、その詩詞は絶賛されたという。名妓として知られた李端端も崔涯に詩を求めたことがあり、「一朶能行白牡丹」(一朶の歩く白牡丹)という詩句を贈られた。榻に腰かけた画中の男性は、白い牡丹を手にして屏風の前に立つ女性をじっと見つめている。李端端が崔涯に面会する場面が描かれている。

 この作品は唐代男女の風流なやり取りを題材としているが、実際には、明代中晩期に士人と芸妓が頻繁に往来し交流を重ねた文化が反映されている。

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明 仇英 漢宮春暁
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明 仇英 漢宮春暁

 仇英(1494頃-1552)、字は実父、号は十洲、江蘇太倉(現在の江蘇省蘇州市太倉市)の人。明四大家の一人。

 春の明け方─漢代皇家の庭園や宮殿を背景に、後宮の嬪妃たちの様々な姿が描かれている。その中には、王昭君の肖像画を描いた絵師毛延寿に関する有名な史実も含まれている。全体に複雑な構図が取られており、用筆はすっきりと力強く、着色は艶やかで趣がある。美しい女性たちのほか、琴や囲碁、書画、古物の鑑賞、季節の花々など、文人たちの余暇の楽しみも描かれている。仇英晩期の故事画の傑作である。

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明 仇英 乞巧図
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明 仇英 乞巧図

 女性たちが行う「乞巧」は七夕の大切な伝統行事である。夜になると、女性たちは色糸を七孔針に通す。庭園に祭事用の机を並べ、「磨喝楽」という土人形を置いて神霊に捧げ、手芸や裁縫が上達し、子宝に恵まれるよう織姫に祈る。本作は七夕に行われる様々な行事を通して、宮中の女性たちの風雅な暮らしぶりを見せてくれる。

 木の幹に仇英の署名と印があるが、仇英の真蹟ではない。尤求(16世紀後半に活動)一派の画家の作に近い。

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明 陳洪綬 仕女
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明 陳洪綬 仕女

 陳洪綬(1598-1652)、号は老蓮、浙江諸暨(現在の浙江省紹興市諸暨市)の人。絵の構図や配置は古風で独創的な表現を重んじているが、面白味溢れる作品となっている。明代晩期に極めて大きな影響力を持った変形主義の画家。

 この作品は『雑画』冊の第六開である。まげを高く結い上げた美女がこちらを振り向いている。典麗な衣服は配色も美しく気品がある。古朴な用筆は落ち着きがあり、線の転折箇所を見ると、折れ曲がる線のうちに柔らかな力強さも秘められており、画家が心を込めて描いた傑作である。左側に行書の自題である詩句2行が書いてあり、絵に趣を添えている。制作年は乙酉─陳洪綬が48歳の時に描いた作品である。

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明 陳洪綬 縹香
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明 陳洪綬 縹香

 陳洪綬(1598-1652)、号は老蓮、浙江諸暨(現在の浙江省紹興市諸暨市)の人。絵画と得意とし、特に人物画に優れていた。

 『隠居十六観』とは、隠居暮らしの様子を白描淡彩で描いた16幅の人物画をまとめた図冊で、各幅に典故がある。第十五開の「縹香」には、開いた本を持つ女性が描かれている。この絵の主題はおそらく唐代の才女魚玄機(844頃-868)と関わりがある。魚玄機は長安で科挙の合格者発表を見た後で、「自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名」という詩句を書き、女性は科挙の受験すら望めない悔しさを表現した。

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明人 孝安皇后 孝定皇后半身像
明人 孝安皇后 孝定皇后半身像
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明人 孝安皇后 孝定皇后半身像

 本作には作者の款印はない。絹地に泥金を使い、楷書で封号が書いてある。右幅は穆宗陳皇后、左幅は穆宗李貴妃の肖像画である。李貴妃は神宗の生母で、神宗即位後は太后となった。明代最後の皇太后である。

 二人の后の肖像画はいずれも正面の半身像で、龍鳳花釵冠を戴き、龍紋と揺雉の模様が刺繍された翬衣と霞披をまとっている。極めて丁寧な筆致で描かれており、色彩も複雑細緻だが、宋代と元代の帝后肖像画に比べると、やや写実性に劣る。

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明人 顧繡西池王母
明人 顧繡西池王母
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明人 顧繡西池王母

 「顧繡」は明代万暦(1573-1619)年間に、上海の顧という名家の女性により創出された刺繍である。顧名世、嘉靖(1522-1566)年間に進士に及第。江南の園林を修築し、詩詞や書画で友人らと交流した。顧氏の女性もそのうちの一人であり、筆の代わりに針を使って宋元代の名蹟を表現した。刺繍も次第に上流階級の女性たちの芸術活動の一つとなっていった。

 この掛屏(壁に掛ける装飾品)に刺繍されているのは、道教の女仙を代表する西王母である。吉祥を意味する雲の合間を縫って、寿桃を手にした王母娘娘が色鮮やかな鳳に乗って飛んできたところで、その傍らに扇を持つ女仙が従っている。民間で流行した聖像である。

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清 朱耷 東坡朝雲図
清 朱耷 東坡朝雲図
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清 朱耷 東坡朝雲図

 朱耷(1626-1705)、広西の人。号は八大山人、弘仁、石谿など。石涛とともに「四僧」と称される。

 2株のアオギリが描かれている。扇を持った蘇軾は椅子に腰を下ろして机にもたれ、少しかがんで何かを書いている朝雲をじっと見つめている。蘇軾は銭塘で任官していた際、名妓朝雲を身請けして妾とした。朝雲は文字の読み書きができなかったが、蘇軾に仕えるようになってから書を学び始めた。後に蘇軾が恵州に流謫された時、使用人は皆去ってしまったが、朝雲だけは蘇軾についていったという。張群氏寄贈。

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清 黄慎 煉丹図
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清 黄慎 煉丹図

 黄慎(1687-1768以降)、福建寧化(現在の福建省寧化県)の人。字は躬懋、号は癭瓢、揚州画派の名家。

 この絵には八仙の何仙姑と李鉄拐、張果老が炉を囲んで丹を煉成している。炉からはもくもくとした煙が立ち上り、虚実相映じる画面となっている。画幅は非常に大きく、描写や着色の際に大胆に筆を揮った様子が見て取れる。人物の衣服の線と頭髪、ひげは、軽重や疎密、太さなどの変化に富み、強烈な視覚的刺激と躍動感があり、それらが画家の個性となっている。李石曽氏寄贈。

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清 冷枚 耕織図
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清 冷枚 耕織図

 冷枚(17世紀後期~18世紀前期に活動)、山東膠州(現在の山東省膠州市)の人。焦秉貞(1689-1726)に師事し、人物界画をよくしたが、とりわけ仕女画に優れていた。画風は精緻で艶やかな美しさがある。康熙朝と乾隆朝の内廷に仕えた。

 耕織図は南宋時代に登場した。男女で役割分担をした古代の農耕社会を描写した絵で、男耕女織─それぞれが自分たちのやるべき仕事を行った。康熙年間に命を受けた焦秉貞が再編集して刊行された。冷枚は焦秉貞の絵図を元にして、西洋の遠近法と陰影による凹凸の表現を加えて描き、明るく美しい着色を施している。

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清 姚文瀚 歳朝歓慶図
清 姚文瀚 歳朝歓慶図
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清 姚文瀚 歳朝歓慶図

 姚文瀚(1713-?)、順天(現在の北京市)の人。人物画に優れ、釈道画像も得意とした。乾隆8年(1743)、書画人として如意館に奉職した。

 女真族の入関後、絵画の題材は漢族伝統の季節の行事を重要視した。『各作成做活計清档』によれば、清朝宮廷では大切な年中行事のたびに画家たちを組織して行事の様子を絵に描かせ、完成作を皇帝のご覧に入れて催しを祝ったという。この絵には、一族揃って新年を祝う喜ばしい場面が描かれている。庭園で楽しそうにはしゃぐ子どもたちと、忙しなく立ち働く後院の女性たちが対比をなしている。

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清 金廷標 画曹大家授書図
清 金廷標	画曹大家授書図
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清 金廷標 画曹大家授書図

 金廷標(?-1767)、字は士揆、浙江呉興(現在の浙江省湖州市呉興区)の人。

 この絵には、後漢の班昭(45頃-117)が後宮で師範を務めた故事が描かれている。子供連れの女性二人が傍らでその様子を眺めている。にぎやかに騒ぐ子供らが厳粛な授業の雰囲気を和らげている。細緻な人物の描写と典雅な色遣いに画家の謹厳さや配意が見て取れる。班昭は班彪(3-54)の娘で、曹寿に嫁いだが、博学高才で知られ、執筆半ばで逝去した兄の班固(32-92)の後を継いで『漢書』を完成させた。幾度も宮廷に奉職し、皇后や貴人たちの師範となり、曹大家(そうたいこ)と呼ばれた。

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清 羅聘 蘇小小像
清 羅聘 蘇小小像
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清 羅聘 蘇小小像

 羅聘(1733-1799)、字は遯夫、号は両峰または花之寺僧。揚州に寓居。金農(1687-1763)の弟子。

 蘇小小は六朝南斉時代(479-502)の銭塘(現在の杭州市)出身の名妓と伝えられる。ひたすらに愛を求め続けた蘇小小のイメージは人の心に深く刻まれ、歴代の文人たちの詩文も多い。この絵には清装姿の蘇小小が描かれている。独特の手法で衣服のひだが処理してあるが、表情は伝統的な画法を用いて、蘇小小の複雑微妙な性格を描写している。蘭千山館寄託。

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清 銭慧安 瑶仙献瑞
清 銭慧安 瑶仙献瑞
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清 銭慧安 瑶仙献瑞

 銭慧安(1833-1911)、字は吉生、号は双管楼主。宝山(現在の上海市宝山区)の人。伝統的絵画に西洋画の技法を取り入れた。海派の著名な人物画家。

 この作品には、仙女が長寿を約束する蟠桃を送る場面が描かれており、吉祥の意味が込められている。民間で見られる祝寿の題材としては典型的なものである。衣装の線は力強く描かれているが、人物の表情は穏やかで気品がある。 銭慧安は明代の白陽山人陳淳(1484-1543)の画法を模倣したと自ら述べているが、表現方法には独自のものがあり、画家の個性と時代色が鮮明な作品となっている。

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清人 油画像
清人 油画像
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清人 油画像

 この作品には軍装の女性が描かれている。20世紀初頭は香妃像とされていたが、女性の容貌がウイグル族とは異なるため、おそらく他の人物であろう。乗馬を得意とした女真族は、入関後も尚武の精神を持ち続け、皇帝が囲猟に出る際には、后妃や皇子、宗女も随行した。軍装の女性像や、女性が騎馬で狩猟をする場面を描いた絵は、常に軍事に備えていた清朝宮廷の女性たち特有の姿が表現されている。

 この絵は宮廷の装飾用壁画(「貼落」とも言う)の一部と推測される。郎世寧の作であるか否か、定論はまだない。

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清人 美人折桂図
清人 美人折桂図
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清人 美人折桂図

 古代の人々にとっては、手柄を立てて名を上げるのが生涯で最も重要なことだったろう。宋代の『避暑録話』に記載されている「折桂(桂を手折る)」と「登蟾宮(月に登る)」はどちらも功名を得るという意味がある。そのため、この二つの絵図は吉祥の象徴となった。

 滑らかな線と丁寧な着色で女性の頭部と手が描かれており、女性らしい柔和な雰囲気が表現されている。衣服の皴やひだは、やや大き目の線で太さの違いが描かれている。仕女画の佳作である。美しい女性の穏やかで優しげな表情は何か物思いにふけっているように見え、手にした桂の枝も将来への期待を感じさせる。

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民国 溥心畬 紈扇仕女
民国 溥心畬 紈扇仕女
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民国 溥心畬 紈扇仕女

 溥儒(1896-1963)、河北宛平(現在の北京市)出身。字は心畬、号は西山逸士。

 緑衣の女性が太湖石の後ろに腰を下ろし、きゃしゃな手で団扇を持っている。柔らかな眼差しとたおやかな姿態に、女性らしい風情がある。構図にかなりの工夫が見られるのみならず、書法の確かな技量も加わり、柔和だが力強い線で、独特の風格を持つ仕女画像となっている。画家本人はこの画稿にかなり満足していたようで、幾度も描いて親しい友人に贈っている。寒玉堂寄託。

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民国 林風眠 紅顔将軍
民国 林風眠 紅顔将軍
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民国 林風眠 紅顔将軍

 林風眠(1900-1991)、広東省梅県(現在の広東省梅州市)出身。フランスに留学。近現代美術の礎を築いた。

 民国40年代末頃から伝統的な戯曲の登場人物を主題に創作を始め、なじみのある人物やその扮装から、色彩や様式の表現を探求しようとした。この作品には「霸王別姫」の登場人物である項羽(紀元前232-202)が、自害しようとする虞姫(?-紀元前202)を止める場面が描かれている。舞台衣装と化粧が現代的な幾何学形に転化されており、濃厚で強烈な色彩も加わって、キュビズムの面白味が満ちている。

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民国 丁衍庸 木蘭従軍
民国 丁衍庸 木蘭従軍
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民国 丁衍庸 木蘭従軍

 丁衍庸(1902-1978)、広東省茂名市出身。早年は東京美術学校で油絵を学び、1949年に香港で教職に就き、国画の新技法を積極的に試した。

 この作品には、父の代わりに従軍する花木蘭が伸びやかな筆致で描き出されている。右側に跪く上半身裸の兵士が木蘭を仰ぎ見る姿が、木蘭の勇猛さと気勢を突出させている。この線と鮮明な色彩にはかなりの個性が感じられるが、伝統的な用筆からは完全に脱却しておらず、これもまた丁衍庸が探求した新水墨画の核心である。

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民国 程芥子 公孫大娘舞剣器
民国 程芥子 公孫大娘舞剣器
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民国 程芥子 公孫大娘舞剣器

 程芥子(1910-1987)、本名は柳燊、字で知られた。浙江省余姚市出身。

 この絵には公孫大娘の剣器舞が描かれている。公孫大娘は優れた舞技により都で名を馳せ、多くの文人らが彼女を讃えて詩に詠んでいる。「草聖」と言われた張旭の狂草書法を啓発したのみならず、その剣器舞は「画聖」呉道子の人物画にも影響を与えるなど、芸術間で生じた相互の影響力が見られる。「剣器」の舞いで用いた器具が何であったのかは諸説ある。一般的には字面から剣舞と思われるが、旗舞や彩帯舞などの説もある。

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