文震亨と長物志
文震亨、字は啟美、号は雞生。文震亨は、明代蘇州の極めて影響力のある文芸世襲の家柄の出身です。曽祖父の文徵明(1470-1559)から始まり、文氏一族は多くの詩文・書画に長けた人物を輩出していました。文震亨は明代後期、家族文芸の伝統を継承した代表的人物です。彼の活動範囲は郷里の蘇州にとどまらず、四方に広がり、エリートが集まる南京、杭州などの地にまで及び、多くの文人と交遊し結社を作り、詩文で互いに唱和していました。
文震亨は蘇州の文人の豊かな文化資本を抱え持っており、自らの四芸(琴、将棋、書、画)をはじめ、香を聞くことや飲食、服飾・器物、造園の配置に対する教養見識を《長物志》と題して一冊にまとめ、明朝末期に於ける洗練の極に達した代表的な覚え書きの書となりました。また当時の風雅な文士の生活が如何に各方面で細かく重んじられていたかも見て取れます。本章では文震亨と親友たちの作品とコレクション、及びすこぶる人気のあった文震亨著作《長物志》の数種の版本をご紹介します。