仏教が中国に広く伝わった後、仏典を訳して刊行したり、《大蔵経》を書き写したりすることが、歴代王朝中央政府の一大事となりました。清の入関後、時を経ずして、孝荘太皇太后は、康熙皇帝に人を派遣して泥金でチベット語の《龍蔵経》の写経を命じました。康熙六年(1667)九月、集められた僧侶一百七十余人は作業を開始し、康熙八年(1669)三月に終わり、その年の十二月に慈寧宮に奉じられました。作業に当たっては、四十余万両もの白銀が費やされました。経典は計108函、経文の泥金は豊かで、字体も力に満ち美しく、経板の図像の色合いも鮮やかで、形神も揃っている。経葉を包んでいる経衣は優れた布を用いており、織方も精巧そのものです。実際、我が国の図書製作工芸の到達点を示す傑作であり、現存する中央政府が書写した最も早期のものであり、また、巻帙(かんちつ)は膨大で、装丁も美を極めるチベットより伝わった仏教の法宝です。
諸品積咒経
- 清康熙間內府蔵文朱写本
チベット族は大型の仏教経典を書写するにあたり、先ず小さな経書を書く風習があった。このため、蔵文《龍蔵経》を正式に写経する前に、書き方の手の感覚や行間の配置などの為に、康熙六年九月十七日、先ず白紙に朱墨で《諸品積咒経》を書写した。《諸品積咒経》は、カギュー派の大師である多羅那他(ターラナータ、1575-1634)が、編纂した《陀羅尼(ダラニ)集》を増補した経典であり、ダラニとその他の経典、計182部を収めた仏教咒語集である。梵筴裝(ぼんきょうそう)は、上下共に保護用の二枚の経板及び内側には二枚の護経板があります。上の内側の護経板には、釈迦牟尼仏、金剛持仏尊像が描かれています。その間には、梵語とチベット語の礼敬(らいきょう)の言葉が書かれている。下の護経板にはそれぞれ帝釈天と四大天王護法尊像が描かれている。経葉は、チベット文と楷書が両面に朱墨で書写されており、前四面を四、五、六、七行に分ける他は、全て八行の形式となっている。経葉の外側は、経板、護経板を重ね、結び紐で縛り、経衣で包むと箱となる。チベット語の《龍蔵経》は、この種の版の方式と装丁型式を用いている。
蔵文龍蔵経
- 清康熙八年內府泥金蔵文写本
チベット語の「龍蔵経」は、我が国の古代図書製作技術の最高峰を極める。その装丁方式は「梵夾裝」で、こうした形式の源はインドの貝葉経から来ており、各箱、或いは各夾は、文字を記載した書籍主体の経葉、経葉を保護する護板、経衣などの付属品に分けられる。
経葉は濃紺の磁青紙で、縦が33cm、横は87.5cm。両面に書写された経文の全ての字体は「烏尖」(有頭体)と称されるチベット文字の楷書で、それぞれ八行あり、字体は端正を極めている。四行目と五行目の左右にはそれぞれ円が描かれている。元々貝葉経は、紐、或いは木籤をこの穴に通して経葉を固定しているが、本蔵は装飾のみとなっている。文字の周囲は、泥金の巻草が描かれており、枠の左側には、この函の番号と経葉の番号が書かれている。いずれの函の経葉も300枚~500枚余りで、順序良く重ねて置かれ、更に四方の縁には八宝図案が描かれている。
経葉を保護する付属品には、上下二枚ずつの護経板と箱をくるんだり、縛ったりする経衣と紐がある。皇族の気風、及び仏典に対する崇拝の念を表すため、材質選びには特に念を入れており、描いたり、刺繍を施した咒語の図案は、綿密且つ美しさに富み、仏教の礼節を深く含んでいる。
外側上下の護経板は、経葉の最も外側を保護している。サイズは経葉より大きく、橫約92.1cm、縱36.6cm、厚さ5.3cm。密度の強い木材に漆をぬって作られている。その正面は半円形で、裏側は平らである。両面共に文字があり、漆器装飾技法で彫られている。正面は蘭札体(Ranjana)の梵語で、中央の、「唵嘛呢叭咪吽」(オンマニ・ペメフン)の六文字や外枠の五仏、四仏母、三怙主などの咒語が含まれる。裏側には五行のチベット文字で、梵語の咒語が書かれており、また、護経板の左右両側には、それぞれ如意宝と和荘厳獣面(kīrtimukha)の図案がある。
外側の経板の内層は、磁青紙を貼った護経板で、どの函にも上下二枚ずつあり、経葉と同サイズである。上の経板の正面の周囲の縁には、十匹の戲珠金龍、枠内には三蓮座が描かれており、その上には、それぞれ十相自在を表す、「朗久旺丹」(rnam bcu dbang ldan)の図案がある。下の経板の図案はやや異なり、金剛杵(rdo rje rgya gram)が描かれている。この2枚の経板の裏側は、黃、赤、綠、青、白の順の五色の経簾があり、護経板の図像‐南方を代表する宝生仏・西方を代表する阿彌陀仏・北方を代表する不空成就仏・東方を代表する阿閦仏・中央を代表する毗盧遮那仏など、五方五仏を保護している。経簾の挿し絵は、黃色・紅色の経簾と、綠色・青・白の経簾の二組に分かれている、前者は梵語、チベット語の咒語で、後者は八宝図案(bkra shis rtags brgyad)である。経簾の下は彩色で描かれた尊像が、上の経板には二尊仏菩薩像が、下の経板には五尊の護法像がそれぞれ描かれている。上の経板の尊像の間には浮雕の三行梵語とチベット文金字で、書写頂禮三宝の敬語が書写されている。
経衣は四層になっており、収納方法は、まず経葉を順序よく、きれいに重ね、上下の経板でこれを挟み、黄色い無地の絹の経衣、黃色の木綿の経衣、黃色の花緞子の経衣の順に包み、更に護経板を置き、五色の紐で結び、外側は、黃色の集め経衣でくるむと完全な経篋の大蔵経となる。