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西山逸墨

 生来聡明だった溥心畬は幼少の頃から厳格な伝統的教育を受けていました。それに加えて、常日頃から多数の収蔵品を鑑賞していたことが、その筆墨の基調となるものに秀麗かつ典雅な味わいを与えたのでしょう。戯れる猿や幼心の溢れる絵、山水や森林など、内容はそれぞれ異なりますが、いずれの作品も清らかで脱俗的な雰囲気があり、熟練した用筆からは絵画の精髄が伝わってきます。溥心畬の書法は帖学とその表現を中心としていますが、点画からは卓抜した力強さが溢れ、柔弱さは微塵もなく、帖学に時代的な意義を与えつつ、全く新しい生命を吹き込んだのです。総体的に見ると、溥心畬の筆墨から自然と流れ出る清らかで洗練された雰囲気や脱俗的な気質─その境地に近づくのは他の名家にとっても容易なことではなく、溥心畬は近代の伝統派書画を代表する人物となったのです。

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    • 民国  溥儒  西山草堂古松並題
    民国  溥儒  西山草堂古松並題
    民国 溥儒 西山草堂古松並題
    • 卷 紙本水墨 縦32 cm 横235.2 cm
    • 寒玉堂寄託

     「松柏図」と比較すると、この作品は松の間隔がやや整っており、5組の特殊な松の老木が画幅に並んでいるように見え、とぐろを巻く龍のように捻じ曲がった老松の描写に重きが置かれている。空白の箇所には松と関係のある数篇の典故が抄録され、西山戒台寺の老松を偲んでいる。同じく松を描いた溥心畬のその他作品にある題識によれば、1962年に描いた松図が好評を博したため、その後、少なくとも200点ほど描いたという。1962年に制作されたこの作品は、正しくその古松を描いた画作の好例である。

    • 民国  溥儒  断岩多雨気
    民国  溥儒  断岩多雨気
    民国 溥儒 断岩多雨気
    • 冊頁 絹本着色 縦24.2 cm 横14.4 cm
    • 寒玉堂寄託

     『谿山佳趣』冊に収録されている作品。本冊は計十六幅あり、構図と筆墨のいずれにも宋人の画意を取り入れている。画中の主山はやや左に配置されており、断崖絶壁の間から延びる開けた場所に二人の文士が佇み、遠くの山々を見つめている。前景の山石は墨で輪郭線を取ってから、側筆による皴擦を用い、墨と赭石で着色している。後景は直接墨を用いた暈染で、前景と後景の距離感が明確にされており、虚実が相交じる中、雲霧に覆われた風景が表現されている。本作は李唐、馬夏の南宋院体画風を継承したものとなっている。

    • 民国  溥儒  春閨回文詩
    民国  溥儒  春閨回文詩
    民国 溥儒 春閨回文詩
    • 軸 紙本 縦39 cm 横27 cm
    • 寒玉堂寄託

     回文とは、上下どちらから読んでも意味が通じる詩文を指す。この七言詩は時計回りに「綾花」から読むが、「黄昏」から逆に読むこともできる。変化に富んだ、面白味溢れる作品となっており、作者の創意工夫と文章力がよくわかる。

     溥儒の小楷は館閣体に似ているが、よく見ると一種の清らかさがあり、用筆は健やかで力強く、提按も明瞭で、全体の結構も端正で美しく、清々しさが特色である。

    • 民国  溥儒  飛白書鳳翥
    民国  溥儒  飛白書鳳翥
    民国 溥儒 飛白書鳳翥
    • 軸 紙本 縦132.4 cm 横64.2 cm

     飛白書も溥儒が非常に重視した書体である。溥儒は「飛白を学び、その飛舞を得る」と語り、多数の作品を残している。この作品は運筆の飛ぶような速さがはっきりと感じられる。飛白のある箇所は筆鋒が横向きに回転し、重厚な箇所にも軽さは見られず、絶妙な組み合わせとなっており、過不足ない仕上がりである。

     「鸞翔鳳翥」の本来の意味は鸞と鳳が舞い踊る姿のことで、出典は陸機の(261-303)「浮雲賦」で、後に書法家の神妙な運筆の比喩となった。飛白を用いたことにより、互いに輝きを増している。

    • 民国  溥儒  朱筆書大悲咒
    民国  溥儒  朱筆書大悲咒
    民国 溥儒 朱筆書大悲咒
    • 額装 紙本 縦36.6cm 横66 cm
    • 寒玉堂寄託

     幼少時に父を亡くした溥儒は項夫人によって養育された。1937年に項夫人が世を去ると、葬儀の費用を捻出するため、陸機(261-303)の「平復帖」を売り払った。喪中に「刺血写経」を行ない、仏像も制作した。その後も命日の度に欠かさず法要を行ない、母を弔ったという。

     「小字を書くには、まず先に大字を習わねばならない。その勾、挑、撇、横、直、折、転、全てに精通することができる。」と溥儒は述べているが、この作品でそれが見事に示されている。全ての筆致が完璧で、結構も「寬綽有餘(伸びやかでゆとりがある)」境地に達している。

    • 民国  溥儒  寒玉堂論画
    • 民国  溥儒  寒玉堂論画
    • 民国  溥儒  寒玉堂論画
    • 民国  溥儒  寒玉堂論画
    民国  溥儒  寒玉堂論画
    民国 溥儒 寒玉堂論画
    • 展41、42、46、47
    • 額装 紙本 縦37.4 cm 横43.4 cm
    • 寒玉堂寄託

     溥儒は「用筆は中鋒を用いるべき」とし、基本的な用筆を直接中鋒に調整している。筆先を線の中ほどに置き、その位置をそのまま維持する運筆法である。このような線は豊かで艶やかになりやすく、視覚的にも丸く温潤な表現となり、鑑賞すべきポイントもより多彩なものとなる。「画は書より出でて、二つのものではあらず」という言に関しては、文人画への明快な識見だと言え、「書法入画」(書法の技法を絵画に取り入れる)ための重要な観点でもある。個々の物象に関しても、描写法とその道理について詳細に記しており、非常に価値の高い作品である。

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