1.名称
(1)中国語の「包」(パオ)は満州語の音訳で、家や家屋という意味です。
(2)モンゴル語の関連名称
① 中央アジアの遊牧民族が使用するテントのような家や家屋、住宅などを意味する言葉で、音訳は「ゲル」です。
② 上流階級用の帷幕や宮殿、府、官邸などを意味する言葉で、音訳は「オルド」または「オルダ」です。
2.構造と特色
(1)構造
① 天窓(トーノ):採光と換気ができます。上部を覆うフェルトは開閉できます。
② 垂木(オニー):屋根となる垂木の上にもフェルトをかけます。
③ 固定用のヒモ─ゲルを固定するために天窓の中央に結び付けられています。このヒモを引けば、強風でもしっかりと地面に固定されます。
④ 壁:「ハン」と言われる折りたたみ式の壁を広げてヒモで繋ぎ合わせます。(史料には12ものハンを繋げた大きなゲルもあったと記されています。)壁の外側をフェルトで覆い、裾は地面に固定します。冬は3枚のフエルトを重ねることもありますが、夏は覆い用の布1枚のみにします。裾をめくれば風通しをよくできます。夏は涼しく冬は暖かです。
⑤ 入り口:一般的なゲルの入り口の扉は一つだけですが、大型のゲルには扉が二つあります。普通は窓があり、窓枠はハンと同じ高さになっています。
⑥ ストーブには様々な用途があります。
⑦ ゲル内の地面には絨毯を敷きます。
⑧ 家具の位置は決まっています。入り口の左(西側)に男性が使う用具を置き、右に調理用具や食器を置きます。
⑨ ゲルには大小の違いがあり、各家庭にゲルが一つとは限りません。
⑩ 史料によれば、車に載せて運ぶゲルもあり、普段は地面に設置して、戦争になると大きな車に載せて運んだそうです。チンギス・ハーンの大きなゲルは22頭の牛と馬に牽かせて移動しました。
*近代になると固定式のゲルが現れました。半農半牧の地域では、土で作ったゲル形の円形家屋も見られます。
(2)特色
① 遊牧民の移動住居─組み立て式で運びやすく便利です。
② ゲルの入り口は南か東南向きにします。モンゴルでは伝統的に「日の出の方角(南)が吉」とされています。入り口を南にすれば、北風が吹き込むこともありません。
③ 円形のゲルは強風にも耐えられます。丸い屋根は水が溜まりにくく、雪もあまり積もりません。
④ 一般にゲルは白色です。見た目の美しさだけでなく、お互いの位置が一目でわかるよう、防衛のためでもあります。家具の多くは赤か黄色の暖色系です。
⑤ 美意識─ゲルにはモンゴル民族特有の美意識が反映されています。ゲルの外側は白で形は丸く、トーノやオニーは放射状に広がっています。これはモンゴル民族が好む円形や太陽と月への美的心理が表現されています。
3.ゲルに関する習俗(禁忌)
① 番犬を叩いてはいけない。
② 客人は馬の鞭や棍棒を持ってゲルに入ってはいけない。
③ ゲルに入る時、敷居を踏んではいけない。(相手を挑発したり、侮辱したりする時だけ、わざと敷居を踏んで中に入る。)
④ 入り口を手でつかんではいけない。ゲルにかけられた布も勝手に動かしたり、触ったりしてはいけない。
⑤ 天窓から下がるヒモはその一族の生死や家畜の成長を象徴する縁起物でもあるので、家族以外は触ってはいけない。
⑥ ゲルに入ったら互いにぶつからないように時計回りに動く。
⑦ 食べ物や食器類を跨いではいけない。
⑧ 主人は中央に座る。その右側(善神がおわす西側)が上座となる。
⑨ 火の神様がいるストーブは一族の繁栄の象徴とされるため、大切に扱わなければならない。刃物を火に入れたり、刃物で火を起こしたりしてはならず、ストーブの上で何かを切ってはいけない。ストーブで足を乾かすのも禁止されている。