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行李に収められた書画の来歴

 南巡用の行李に収められた作品は旅の途中に増減を繰り返しました。出発前に訪問地に関りのある宮中の旧蔵品を選び出したほか、新たに献上された未見の作品も収納されました。旅が始まると、乾隆帝が道すがら創作した書画作品も加えられました。各作品の題識や進貢品の目録などの資料から、旅の途中にも各地の官員や名士から作品が献上されたことがわかります。行李箱に収められたそれらの作品からも乾隆帝の好みがわかるだけでなく、君臣間で互いの気持ちを推し量ろうとしたやり取りやその微妙な関係もうかがえます。

宋 黄庭堅 書寒山子龐居士詩

  1. 形式:卷
  2. サイズ:29.1 x 213.8 cm

 この作品は黄庭堅(1045-1105)が元符2年から3年(1099-1100)にかけて四川で謫居していた際に書かれた晩年の傑作である。乾隆帝が太上皇時代に書いた題が隔水にある。「双鈎既偽詩更誤。向謂上等、実錯。」以前はこの作品を上質な佳作だとみなしていたが、晩年になってから偽作だと誤った判断を下してしまったことがわかる。この他に乾隆帝の題跋は見当たらないが、宝応に行った際、御舟上でこの巻の臨本に記した題は「二十年前愛臨山谷書法、置之久矣。偶得此卷、橅之不覚見猟心喜」と書かれている。おそらくこの作品はその時の南巡の途中で入手したもので、興奮を隠せずに早速舟中で臨模をしたのだろう。その後、臨本は揚州の倚虹園に摹勒上石(石に文字を写して彫刻)させている。

宋 黄庭堅 書寒山子龐居士詩

元 朱叔重 春塘柳色

  1. 形式:軸
  2. サイズ:41.2 x 45.4cm

 これは都察院左都御史金徳瑛が乾隆26年(1761)11月11日に進献した作品で、ちょうど3回目の南巡に出発する前日だった。これが乾隆帝への最後の贈り物だったのかもしれない。乾隆帝は出発から10日ほど過ぎてからこの絵を取り出して眺め、詩を詠み題を入れたが、それからしばらくして2月3日に金徳瑛病死の訃報が届いた。

鮮やかな色遣いのこの作品には、池のほとりに生える柳の緑など、暖かく穏やかな春の風景が見事な筆致で描かれている。乾隆帝の題句にあるように、北宋の趙令穣(1070頃-1100頃に活動)が描いた水辺の風景を連想させる。しかし、元代末期から明代初期の風格とは異なる上、左側の落款も後に加えられたものと思われることから、清代の王翬(1632-1717)の作品ではないかと思われる。

元 朱叔重 春塘柳色