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幻のようなひと時

 「仮が真となる時、真もまた仮となる」─これは『紅楼夢』に書かれた印象深い一文です。この本に書かれている全ての事柄は真実であるが、仮(虚構)でもあることを暗に示しています。曹雪芹は架空の「使われなかった天を繕う石」が人間界に降った出来事を通して、現実世界の繁栄や衰微、女性の生涯の美しさや哀しさ、様々な形の悲劇を私たちに見せてくれます。作者はこの小説に彩を与えるため、巾着袋や装飾品、仏手柑などの具体的な品々を用いて登場人物たちの輪郭や個性を描き出し、物語の流れを繋ぐ、象徴的な品物として使っています。それ故に、この物語は至る所に「物」が溢れており、それらが虚構の小説と現実の生活を結び付けているのです。

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  • 涙を還す─賈宝玉と林黛玉

    清 紅鍛金銀線繡荷包
    中雜68
    長さ10.8cm

    『紅楼夢』は涙を還す物語である。女媧が天を繕った時に余した石が、霊河畔の三生石に生える一株の仙草に甘露を与えたことにより、この長い歳月を費やす物語が生まれた。石が形を変えて人の世に降ると、仙草もまた下界へ向かい、「一生に流す涙の全てを彼の人に還す」ことを誓った物語である。前世の恩とその優しさに報いようという気持ちが、現世の宝玉と黛玉が幼い頃から「互いに思いあう」原因となり、成長後も「知己として大切に思う」ことの拠り所となった。「昼はどこへ行くにも何をするにも一緒。夜は同じ時刻に休む」二人は一緒に本を読み、一緒に花を埋め、一緒に詩を作った。「涙を借りた者が涙を枯らす」まで。

    「荷包」は満州族が身に付けていた小物入れ(巾着袋)である。男性が使う場合は腰帯の左右両側に一つずつ下げた。黛玉は手作りの荷包を宝玉に贈ったが、人にやってしまったと誤解した黛玉は怒って部屋に戻ってしまう。実は宝玉は荷包を盗られないようにずっと懐に入れていた。それほど大切に、肌身離さず身に付けていたのだった。「涙が点々と光り、愛らしい息切れも弱々しい。」とは、宝玉が初めて黛玉に会ったときの描写である。林黛玉は代々襲爵する林家の出で、賈母(史太君)が可愛がっている外孫だった。繊細で脱俗的な雰囲気の女性だが、病気がちで何かといえば涙を流す。病弱で針仕事をすることもほとんどなく、「去年は一年もかけて、香袋を一つ作っただけ。」─黛玉が宝玉のために作った荷包がどれほど大切なものだったのかよくわかる。

  • 山中の高士と輝く雪─薛宝釵

    清 玉鎖形佩
    故玉8642
    縦8.2cm 横4.6cm

    薛宝釵は常に金鎖(鍵形の首飾り)を身に付けていたが、それには「不離不棄、芳齢永継」と彫ってあり、通霊宝玉の「莫失莫忘、仙寿恒昌」と対になっていることから、この二人こそ「金玉の良縁」だと思われた。宝釵の家は皇商(御用商人)で、幼い頃から読み書きを習っていたので、紅楼夢に登場する金釵(美少女たち)の中で最も学のある女性だった。高潔な人柄で、もの静かでおっとりしていた。曹雪芹は宝釵の装いはごく質素だったと書いている。「もともとこういう花簪や白粉には興味がないんです。」また、宝釵の部屋は「雪の洞窟のようで、飾りの骨董品一つない。」ともあり、いずれも宝釵の趣味のよさや道徳意識の高さ、素朴な生き方への回帰を求める精神性が示されている。

    「不離不棄、芳齢永継」という吉祥語は、ある僧侶が金器に彫るようにと宝釵に与えた言葉で、金鎖の裏表に一句ずつ彫られている。このような鎖(鍵)形で、吉祥語が彫ってある装身具は想像上の物ではない。展示品の玉佩は鎖形で、一面に牡丹の花、別の面には「玉堂富貴」という文字が彫られている。ひもを通して身に付けることができる。

  • 聡明過ぎてあの手この手を尽くしたが─王熙鳳

    清 金平安耳挖簪
    故雜2107
    長さ10.3cm

    王熙鳳は孫の嫁だったが賈母のお気に入りで、賈家の一切を取り仕切っていた。頭脳明晰で要領がよく、溌剌とした美しい女性で、常に笑い声と共に登場し、輝きを放っている。実家の王家は南巡する皇帝を迎える役目を果たすほどの名門貴族だった。このことから王家と皇帝の関係が知れ、鳳姐(王熙鳳)が幼い頃から煌びやかな暮らしをしていたこともうかがえる。鳳姐は家の切り盛りをする時に様々な出費を細かく計算し、賈家の膨大な支出のやりくりをして安定した暮らしを支え、賈家の没落を遅らせた。しかし、あらゆる手を尽くしたにもかかわらず、賈家を救うことはかなわず、離縁されるという悲劇から自身を救うこともできなかった。

    鳳姐の美しさには自分勝手で放逸なところがある。第28回で、宝玉が鳳姐の院の前を通りかかった時、「鳳姐は敷居に足を乗せ、耳かきで歯をせせり…」という描写がある。一般的に耳かきは簪と兼用になっている。金平安耳挖簪は丸い先端に凹みがあり、その部分が耳かきとして使える。中ほどは「平安」という文字で装飾されている。

  • 酔って芍薬の下に眠る─史湘雲

    清 白綢彩繡嵌珠宝翠玉花蝶団扇
    故雜5970
    縦38.5cm 横21.5cm

    『紅楼夢』には四大家族─賈家・史家・王家・薛家が登場する。史湘雲はその中の一つである史家の出身で、賈母(史太君)は一族の年長者である。湘雲は幼い頃に両親を失くしていたが、大らかで明るい性格だった。作者は湘雲を「幸いにも、英傑のような度量と寛大な心を持って生まれた。」と形容しており、金釵(美少女たち)の中で最も前向きな女性である。湘雲はおしゃべりで大笑いもする。鹿肉にかぶりついたり、男装したり、泥酔して石の長椅子で眠りこけたりもする。それほど豪快で、率直な女性だった。しかし残念ながら、孤独で貧しい暮らしが変わることはなかった。

    湘雲が泥酔して眠るエピソードは魅力的な場面の一つである。「周りに咲く芍薬の花が身体に舞い散り、頭にも顔にも服にも赤い花びらが散乱している。手に持っていた扇子も地面に落ちて、半分ほど花に埋まっている。蜜蜂や蝶々が周りを飛び回っている…」団扇はあおいで涼を取るだけでなく、顔を隠すこともできる。女性らしさが演出できる小物でもある。

  • 若君とは縁がなく空しく思うのみ─襲人と晴雯

    清 銀鍍金鏤空芙蓉花指甲套
    故雜3610、3611
    長さ8.2cm

    襲人と晴雯は宝玉の大丫鬟(侍女)で側室候補でもある。使用人だが金釵(紅楼夢に登場する美女たち)の一人に数えられる。襲人は賢く実直な人柄で、よく気がつき思いやりがある。晴雯は小意気な美人だが我がままなところがあり、負けん気が強い。「卑しい身分」の二人は性格の違いから、異なる運命をたどることになる。襲人は賈家が家財没収されてから、役者の蒋玉菡に嫁いだ。晴雯は賈家が没落する前に、濡れ衣を着せられて賈家を追い出され、家で筵に横たわったまま病死した。一人は「なんと恵まれた役者だろう、若君とは縁が無かったと誰が知るだろう。」となり、もう一人は「若死の多くは人の中傷、多情な若君はただ彼女を思うのみ。」という結末となった。

    晴雯は魅力的な女性だったが、身分以上にちやほやされていた。宝玉に寵愛され、使用人でありながら「毎日、西施のように装っていた」だけでなく、「爪の二つはゆうに三寸はある…」ともあり、晴雯はおしゃれが好きで、かなり恵まれた暮らしぶりだったことがわかる。伸ばした爪は貴族女性の象徴で、普段から気をつけて手入れせねばならず、指甲套をはめて爪を守った。長い爪は晴雯の地位の高さとその生涯を象徴的に示している。宝玉と男女の関係にあると誤解された晴雯は、王夫人に屋敷から追い出されてしまう。病に倒れた晴雯は、宝玉の目の前で「ネギのように長く伸びた二つの爪を切り取り…これをお持ちになって。これからはこの爪を私だと思ってください。」と告げた。「心は天より高い」─晴雯の自尊心と負けん気の強さが表現されている。

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