華夏美術に見られる自然観─唐奨故宮文物精選特別展,展覧期間 2016年9月22日~12月22日,北部院区 105.107 会場
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想像の世界

古代の人々は自然の景物や季節を描写しただけでなく、未知の自然界に対しても豊かな想像力を発揮しました。龍や鳳などの現実には存在しない伝説の神獣、不思議な法力を持つ仙人や羽客、洞天福地などの幽玄神秘な秘境─そのいずれもが芸術表現の題材とされ、器物には堂々たる神獣が、絵画には仙山蓬莱が描かれました。この種の仙境山水の初期は青緑による着色が多く、その後、幻想的な山水の風景へと変化していき、中国絵画史上において独特の様式が確立されたのです。

想像の世界では、自然界は客観的な現実というだけでなく、人の情感を中心とした主観が色濃く投影されました。松と竹は酷寒の友となり、節操を意味するようになりました。梅と鶴は妻子を表し、宝瓶を背負った象は「太平有象」(天下泰平)と言われるなど、自然の事物に様々な文化上の意味が付与されたのです。例えば、赤壁という場所には歴史的な風韻や無常感が漂いますが、そこに蘇軾の想像力が加わって千古の名文が生まれ、後に書画や工芸でも表現されるようになりました。文化と自然は互いに影響を与えつつ溶け合っているのです。

清 乾隆 碧玉鰲魚花挿

  1. 高さ17 cm 幅11.4 cm

「福に恵まれますように。」─中国人が作る器物の形や模様にはこうした願いが込められている。吉祥を象徴する模様と人々の願う幸福は強く結び付いているため、このようなデザインは代々受け継がれ、多種多様な表現手法も生まれた。その中の一つが、自然現象をすばらしい人生の前景へと転化させたものである。

例えば、この碧玉の花挿しは黄河の上流にある難所龍門を回遊する魚が跳ね上がり、奮闘する様子を表現したもので、魚が龍に変化するように、苦学する士人が科挙に合格し、一介の平民から官吏へと出世できるよう祝福している。小さな魚の頭部はまだ何の変化も見られず、下流で波にもまれているように見える。大きな魚にはもう2本の角が生え、龍への変化が始まっている。

碧玉鰲魚花挿

明 文伯仁 円嶠書屋図 軸

  1. 133.2x46 cm
  2. 紙本着色

文伯仁(1502-1575)、号は五峰、江蘇蘇州(現在の江蘇省蘇州市)の人。文徴明(1470-1559)の甥にあたる。文徴明の画風の影響が強い。

この作品は15世紀以来の流行である別号画かもしれない。当時、文人はよく斎名を号とし、画家はその名から発想を得て絵を描いた。「円嶠」とは、海上にあると伝えられる仙山のことで、この絵には仙境と人間界が描かれている。下方に庭園と斎室(書斎)があり、文人たちが語りあっている。上方には島が見え、楼閣が聳え立っているが人影はない。同じ紙の上に境界線が引かれ、その傍に画題が書いてあり、挿絵のようなおもしろさがある。古くから仙人の住まいのある風景は青緑で描かれることが多いが、この作品も同様である。清らかで風雅な眺めは江南の景色に似ている。想像の世界にある仙境がしだいに現実と重なってゆく。

円嶠書屋図

清 乾隆二年 
陳祖章彫橄欖核舟

  1. 縦1.4 cm 横3.4 cm 高さ1.6 cm

この彫刻は造辦処の著名な牙匠陳祖章が乾隆2年(1737)に製作した作品である。橄欖(オリーブ)の種が蓬船の形に彫刻されている。竹を編んで作った蓬(屋根の覆い)のある船の両側に開け閉め可能な開き窓がある。船頭や童僕、船客の姿も見え、8人が船上にいる。船底に蘇軾の「後赤壁賦」全文が行書で刻されており、陳祖章の刻款もある。ごく小さな船上の人物の様子や空間配置、丹念な描写によって、千古の名作が月夜に浮かぶ船のイメージで表されている。息を殺してそっと小さな窓を開けると、窓にもたれて座る蘇軾とともに赤壁を旅しているかのような感覚に捉われ、月明かりに照らされながら「縦一葦之所如、凌万頃之茫然。」(一艘の小舟が流されるままに、果てしなく広がる川面を進んでゆく。)─心地よい旅情が感じられる。

陳祖章彫橄欖核舟