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展示される作品とそのキャプション

  • 1. 元 倪瓚 容膝齋

    • 形式:軸
    • サイズ:74.7x35.5 cm

     倪瓉(1301-1374)、号は雲林。裕福な家の生まれだったが、元代末期に勃発した動乱を避け、故郷を離れて太湖一帯を転々とする漂泊の日々を送った。この作品は倪瓉が72歳の時に友人の檗軒に贈った絵である。その2年後、檗軒はこの絵を二人の共通の友人である潘仁仲医師に贈るため、倪瓉に題詩を書き入れてもらった。この題跋で倪瓉が潘仁仲の住居「容膝斎」に言及していることから、後にそれがこの絵の題名になった。

     この「容膝斎」には、倪瓉がよく用いていた「一河両岸」式の構図が取られており、雄大な山石の造形を強調せずに、幻想的な空間が表現されている。墨色のぼかし方や、皴擦勾染などの画技と文字の組み合わせ、物象に見られる「虚」と「実」の呼応と平衡などは、倪瓉がその美意識をもって注力した箇所で、静謐かつ清雅な趣を湛える独自の画境に達しており、後世の人々に尊ばれ、模倣される絵の典型となった。

     晩年の代表作である本作は、2008年12月24日に文化建設委員会により「国宝」に指定された。

    • 民国50年代(1960年代)中期に傅申氏が作成した墨書のキャプション。

    • 民国80年代(1990年代)前中期に作成された龍紋枠入りキャプション。作品名は毛筆で書いてある。このキャプションは江兆申氏の書跡である。

    • 上部が龍紋で装飾されたキャプション。民国72年(1983)頃に登場した新しい様式。同じ様式を用いた釈文カードもある。

    • 倪瓉「容膝斎」のタッチパネルモニターを使ったキャプション。作品画像を拡大でき、多言語による解説もある。

  • 2. 伝 元 倪瓉 疎林遠岫図

    • 形式:軸
    • サイズ:72.9x37.5 cm

     倪瓉(1301-1374)、江蘇無錫(現在の江蘇省無錫市)の人。字は元鎮、号は雲林、迂翁など。裕福な家の生まれで、清閟閣を築き、書画を収蔵した。山水画に優れ、元代四大家の一人に数えられる。

     川岸やまばらに生える樹木、竹林、家屋を描いた墨画。対岸には高低差のある山々が見える。用筆は中鋒が多く、山石の皴法は披麻が中心となっており、折帯の筆意も感じられる。画上に壬子(1372)の年款があり、倪瓉が72歳の時の作品だと知れる。しかしながら、本作の題款は本院所蔵の真蹟「容膝斎図」の模写である。用筆も大家の倪瓉らしい力強さは無く、後代の模作だとわかる。

    • 民国80年代(1990年代)後期の龍紋枠入りキャプションの多くに写真植字が使われている。

  • 3. 明 沈周 策杖図

    • 形式:軸
    • サイズ:159.1x72.2 cm

      沈周の画風には質朴とした味わいがあり、倪瓉の高雅な風格とは趣が異なる。沈周は常日頃からよく倪瓉の絵を模写していたが、倪瓉の模写はほどほどにするようにと、師匠に叱られていたという。董其昌による題には、「沈周は元四大家をよく学んだが、とりわけ倪瓉を学んだ作品は師を越えて優れている。」と記している。清淡な雰囲気に関して言えば、沈周は倪瓉と同じようには描けておらず、素朴な画風は沈周自らのものである。そのため、格調高く風雅な趣の中に一種の広漠とした気が漂っている。荒涼とした風景が広がる本作は、倪瓉倣作の佳作である。

    • 民国50年代(1960年代)中期以降に登場した墨書のキャプション。

    • 民国80年代(1990年代)後期の龍紋枠入りキャプションの多くに写真植字が使われている。

    • 民国90年代(2000年代)後期頃に使われていたキャプション。中国語と英語の文字が拡大されている。

  • 4. 明 文徴明 疎林茆屋

    • 形式:軸
    • サイズ:67x34.6 cm

     落款にある「子重」は湯珍のことである。文徴明は1月6日の夕方に湯珍と連れ立って竹堂寺を散策したという。春の初めに湯珍とともに再び竹堂を訪れ、この絵を描いた。5月13日の夜、湯珍と王守、王寵らと石湖の行春橋で月見をした。文徴明と湯珍はかなり親しい間柄だったのだろう。その年、王宸濠は人を遣わして、厚礼をもって文徴明を招きたいと申し入れてきたが、それには応じず、使者に対して固辞したという。

     倪瓉に学んだこの作品は、ごく簡潔な構図に極めて熟達した筆法で描かれている。丁卯(1507)の作「雨餘春樹図」に比べるとかなりの違いがある。癸酉(1513)の「欧陽修帖」と比べても大きな進歩が見られる。常に努力を怠らなかった文徴明は年を重ねるにつれ、自然と若い頃には届かなかった境地に達することができたのであろう。制作年は甲戌、45歳の時の作品である。

    • 民国80年代(1990年代)前中期に作成された龍紋枠入りキャプション。作品名は毛筆で書いてある。このキャプションは江兆申氏の書跡である。

  • 5. 明 董其昌 倣宋元人縮本画及び跋冊 倣倪瓉林堂詩思図

    • 形式:冊頁
    • サイズ:51.7x26.6 cm

     この冊頁の引首には董其昌による4文字の題「小中現大」が書されている。かつては董其昌作とされていたが、近年の研究では、王時敏の作品だと考えられている。

     この冊頁は倪瓉の晩期の画作「林堂詩思図」を模倣したものである。原作はこの4倍ほど大きな作品で、シカゴ美術館(米国)に収蔵されている。王時敏はその作品を冊頁サイズに縮小して描いたため、「縮本画」と称される。カメラのなかった時代は、このような「縮本画」により原作を保存した。非常に精緻な複製品である。

    • 民国50年代(1960年代)中期以降に登場した墨書のキャプション。必要に応じて、同じ内容のキャプションを何枚も書かなければならなかった。

    • 親子向けに制作されたキャプション。基礎的な事柄をわかりやすく説明。

  • 6. 清 王鑑 倣倪瓉山水

    • 形式:軸
    • サイズ:78.3x35.8 cm

     王鑑(1598-1677)、太倉(現在の江蘇省太倉市)の人。清代初頭の正統派画家。この作品は1663年に友人が所蔵する倪瓉の「緑水園図」を模写したもの。「一河両岸」の構図と「折帯皴」は、典型的な倪瓉の風格である。しかし、王鑑は幹が斜めになった樹木に繋げるように、対岸のなだらかな山を描いている。前景斜面の下方に伸びる長い斜線もまた、倪瓉の作品に見られる、平行する前後景が生み出す安定感を崩した表現で、より一層動感が増している。倪瓉の風格を改めて解釈した作品だと言える。

    • 民国50年代(1960年代)中期以降に登場した墨書のキャプション。筆者は傅申氏。

    • 此說明卡依民國104年開始大量使用的黃金比例說明卡樣式仿製。

  • 7. 清 王原祁 倣倪瓉山水

    • 形式:軸
    • サイズ:69.6x42 cm

     王原祁(1642-1715)、号は麓台、清代初頭の正統派山水画の名家「四王」の一人。この作品は倪瓉の風格を模倣したものだが、山石の造形がより多元的で、組み合わせも複雑になっている。王原祁が尊崇したもう一人の元代の大家─黄公望(1269-1354)の風格も加えられており、倪瓉特有の寒々とした雰囲気が消え、生気溢れる作品となっている。

    • 民国50年代(1960年代)中期以降に登場した墨書のキャプション。筆者は江兆申氏。

    • 民国80年代(1990年代)後期の龍紋枠入りキャプションの多くに写真植字が使われている。

    • 特別展「神品至宝」(開催地:東京)で展示された本院所蔵品のキャプションの書式を再現したもの。

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