永楽年間は宗教、外交、貿易などでチベット、中央アジア、西アジアとの交流がたいへん盛んでした。このため器物の形状や文様にも、異文化との交流による影響が反映されました。皇室はチベット仏教を崇敬するとともに、チベットの各教派の高僧による往来を重視しました。高僧らに贈呈する物品には価値が高く、貴重な磁器が含まれていました。また当時は宗教的な意味合いを持つ器が数多く製作されました。
その一方で、宮廷は陳誠らを陸路から、また鄭和を海路から中央アジア、西アジアの各国へ派遣し、これを通じてイスラム世界の金属製あるいはガラス製の器の形状や文様を模倣した磁器を製作させました。材質の異なる器物を模倣し、創造したことから、永楽帝が積極的に対外交流を展開した必要性や、それを達成しようとした心意気を伺うことができます。