貴貴琳瑯游牧人─故宮所蔵清代モンゴル・ウイグル・チベット文物特別展,陳列室:303
貴貴琳瑯游牧人─故宮所蔵清代モンゴル・ウイグル・チベット文物特別展,陳列室:303
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飲食用の高貴な器

 遊牧民の暮らし方は自然環境に適応した結果であり、天然の資源を極限まで生かす中で独特の遊牧文化が形成されました。遊牧民は前人の経験に基づき、季節の変化に合わせて馬や牛、羊などの家畜を放牧しながら規則正しく移動を繰り返します。遊牧する家畜は彼らの衣食を支えるだけでなく、移動手段でもあります。道具を作るのに植物を使いますが、少しも無駄にすることなく全てを使い切ります。遊牧民は折り畳めるテントのような家で暮らしています。飲食用の器を常に携帯し、余計な物は一つもありません。木製の碗、ナイフとフォークなどの基本的な日用品を贈り物にするのは、質素で素朴な価値観が反映されたもので、木製碗などの制作に対するこだわりや工芸技術の成熟を物語ります。

金鑲樺皮鳳冠頂(帽子の装飾品)

  1. 清 18-19世紀
  2. 清朝の作品

 カバノキ(樺樹)は北方の温帯地域でよく見られる木で、昔から遊牧民族はカバノキの樹皮を使って各種の日用品─家の覆いや書写用の紙など作っている。元代の貴族の女性たちがかぶった「罟罟冠」も薄く柔らかなカバノキの樹皮の特性を生かして作られたものである。モンゴル国立博物館所が所蔵する元代の墓葬から出土したカバノキの樹皮製冠頂(かぶり物の上部につける装飾品)は珍しく、本院所蔵の元代后妃画像と合わせて見ると、カバノキの樹皮の使用状況も想像できる。この樺皮鳳冠頂の内側には木製の支柱があり、外側はカバノキの樹皮で覆われ、金箔が貼ってある。鳥冠や翼尾、鳳足、雲形の台座などの装飾物は金でできている。鳳の身体と尾羽根には大小の真珠がはめ込まれており、風格も造形も「金纍絲鳳鳥」(金糸を編んで立体的に作られた鳳凰)と同様である。清代宮廷の后妃たちの冠頂によく見られる装飾で、遊牧民族の文化的特色が強く表れている。

金鑲樺皮鳳冠頂(帽子の装飾品)

木碗附嵌緑松石鉄鍍金盒

  1. 清 乾隆丙午(51年)御題
  2. チベットの作品

 木碗の使い方を見ると、モンゴルとチベット各民族の飲食習慣がよくわかる。茶を飲んだり、ツァンパ(糌粑)という主食を掬い取ったり、食品を入れるなど、軽くて丈夫な上、携帯にも便利で、熱い食べ物を入れてもやけどせずに済み、味も変わらない。この木碗は一般にカバノキやツツジの根、雑木の根で作られている。最も貴重な素材は寄生植物で、特に蒿という植物の根に寄生してできるこぶ状の塊(チベット語で「咱」)を使ったものが最高級品とされる。康熙年間から毎年初春にチベットから新年の贈り物として木碗が届けられ、宮中ではよくその碗でミルクティーを飲んだことから「奶子碗」と称された。雍正年間もこの習慣が続けられていた。『活計档』に噶倫貝子康濟鼐(Khangchenné)は札布札牙木碗を、達賴喇嘛(Dalai Lama)は札固里木碗大小5点を贈ったとの記録がある。この「清札布札雅木碗附鉄盒」の素材はきめ細やかで軽く、糸のように細かな木目が浮かぶ上質な素材が使われている。鉄で鍍金しトルコ石をはめ込んだ、透かしのある円形の盒に収納されている。チベット貴族から贈られた貴重な器物の一つである。

木碗附嵌緑松石鉄鍍金盒

鎏金刀叉匙(食器のセット、皮箱と木箱付き)

  1. 土爾扈特部渥巴錫からの献上品
  2. 清 乾隆甲午(36年)御題
  3. ロシアの作品
 トルグート(土爾扈特部)は清代に漠西蒙古と呼ばれた遊牧民族オイラトの一部族で、16世紀末から次第に西方へ移動してヴォルカ川下流域一帯で遊牧を始めた。18世紀後期になると、ロシア帝国の脅威によって元いた東の地へと戻らざるを得なくなったが、清朝に受け入れられてイリ川一帯に安住の地を得た。乾隆36年(1771)、一族の首領であった可汗渥巴錫(Ubashi Khan / 1742-1775)などが熱河避暑山荘で乾隆帝に謁見し、ハザク(哈薩克)の良馬や白鷹などを献上した。展示品は渥巴錫が乾隆帝に献上したフォークとスプーン、ナイフのセットで、皮製の盒に収められている。ふたの周囲は幾何学的な花模様で装飾されており、ロシア風ロココ趣味の華やかさが特徴的である。中央にモンゴルの言葉が書かれている。清宮廷では特製の木盒にこれを収めて題銘を入れた。この贈り物の特殊性がよくわかる。
鎏金刀叉匙(食器のセット、皮箱と木箱付き)