国立故宮博物院寄贈書画展、ショー日:2016.04.02-06.12、Northern Branch ショールーム:208
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展示概要

質量ともに充実した国立故宮博物院のコレクションは世界的に知られていますが、もともと芸術は時空や国境の垣根を超越する存在です。そのため、本院では現在も積極的にコレクションの拡充に努め、順次一般公開しております。毎年、予算を計上して新しい作品の購入を進めているほか、皆さまからのご寄贈も受け付けております。収蔵家の皆様には、本院コレクションの方向性に合致する作品であれば、広く一般公開することをお勧めしております。

国立故宮博物院は民国54年(1965年)に台北市に建設されました。開院以来、熱心な方々により多数の美術品をご寄贈、ご寄託いただいておりますが、展示スペースに限りがある上、書画作品保護のため、全作品を継続的に展示することができませんでした。そこで、本年度より寄贈作品専用の展示室を設け、企画展を開催することとなりました。博物館の役割の一つでもある寄贈作品の研究と一般公開を推進し、より多くの皆さまに貴重な文化遺産をご覧いただきます。博物館の豊かなコレクションは一朝一夕で得られるものではありません。本院にご寄贈、ご寄託くださった皆さまに心より御礼申し上げるとともに、本院を国民的な博物館にすべく、引き続き各界の皆さまのご協力とご支援を賜りますようお願い申し上げます。

展示作品解説

明 王守仁 山水

  1. 表装形式:軸装
  2. サイズ:83×24(cm)

王守仁(1472—1528)、字は伯安、一般に「陽明先生」と呼ばれる。浙江餘姚(現在の浙江省余姚市)の人。明代の著名な儒学者で、「知行合一」説が後世に大きな影響を与えた。

この作品は元代の画家倪瓉の「一河両岸」と言われる構図を取り入れている。皴法と擦筆は少なく、用筆には物寂しい雰囲気が漂い、超俗的な心情が表現されている。丙寅(1506)年正月の作である。題は「学問之道隨処即是、惟宜読書以先之」とある。同年2月、劉瑾を批判したために貴州省の龍場駅に左遷されたが、風土病が蔓延する辺境の地で厳しい暮らしを送りながら思索を続け、ついに真理を悟るに至った。これを「龍場の大悟」と言う。この伝世山水画は大悟に至る前に描かれた非常に貴重な作品である。

張学良氏寄贈。

清 朱耷
行書芸韞帖

  1. 表装形式:軸装
  2. サイズ:102.2×37.4(cm)

朱耷(1626-1705)、号は八大山人、江西南昌(現在の江西省南昌市)の人。明朝の宗室出身だが、甲申(1644)の清軍侵攻により明朝が滅亡すると、出家して僧籍に入った。意表をついた独特の作風で知られ、「清初四僧」の一人に数えられる。

これは壬午(1702)の冬至に書かれた作品である。晩年の書風は質朴とした味わいがある。用筆も落ち着きや深みが感じられ、わずかに篆書の趣がある。当時流行していた金石学の影響を受けたのかもしれない。内容は「淳化閣帖」の「芸韞帖」から取られたもので、原文の字句がいくらか省略されている。「臨書」とはいえ、結字と点画に個性が発揮されている。八大山人はこの年、同様の文を繰り返し書いた。伝世作品に扇面と冊頁もある。

張群(岳軍)氏寄贈。

清 王雲
倣李営丘寒林鴉陣図

  1. 表装形式:軸装
  2. サイズ:141.3x69.1(cm)

王雲(1652-1735間は健在)、字は漢藻、江蘇高郵(現在の江蘇省高郵市)の人。人物や楼閣の描き方が仇英に似ている。康熙年間に内廷に仕え、「康熙南巡図」の作画にも画家の一人として参加し、江南や淮南地区で名を馳せた。清代初期に活躍した揚州の画家である。

山間を流れるせせらぎと寒林、霞たなびく風景にカラスが描かれている。近景の斜面を描く皺法は非常に細かいが、背景の山々は大きく筆を走らせてぼかされている。「寒林」という題材の多くは北宋の画家李成(営丘)の画風に関連があるため、この作品も「倣李営丘筆」と題されているが、構図と用筆は四王の正統派の画風とは大きく異なっている。渦巻状に群れをなして巣に帰るカラスが夕焼け空に映え、強烈な視覚効果を生み出している。

羅孫萍踪氏寄贈。

民国 王震 騎牛図

  1. 表装形式:軸装
  2. サイズ:135.7x68.1(cm)

王震(1867-1938)、字は一亭、号は白龍山人。20世紀初頭に活躍した上海の著名な実業家であり、書画家でもある。慈善家としても知られ、被災民救済のためにしばしば画作をチャリティオークションに出品した。初めは任頤に師事して絵画を学び、上海に転居してきた呉昌碩とは師として、友として親しく交流した。画風はしだいにラフで豪快なタッチへと変化していった。

これは戊辰(1928)年の春の作品で、帰牧の風景が描かれている。「敬之先生に贈る」という題がある。物象ごとに異なる筆法を用いてすばやいタッチで描写されており、墨韻も鮮やかである。王震はこの年の3月に華洋義賑会を代表して南京へ赴き募金活動を行ったが、その際、南京にいた何応欽に病気休暇を取るように言われたと言う。おそらくその時に贈った作品であろう。

何応欽氏寄贈。

民国
傅抱石と呉瀛、張宗祥による合作
松下高士図

  1. 表装形式:軸装
  2. サイズ:106.2x39(cm)

これは丁亥(1947)年の冬の作品である。まず呉瀛が松を描き、傅抱石が遠山と斜面、人物を描き加え、張宗祥が雑草を描き、題を入れたという。

傅抱石(1904-1965)、江西新喩(現在の江西省新余市)の人。近代を代表する画家の一人で、山水人物画で新境地を開拓した。呉瀛(1891¬-1959)、字は景洲、江蘇武進(現在の江蘇省武進区)の人。書画に優れ、故宮博物院建設にも関わった。張宗祥(1882-1965)、晩年の号は冷僧、浙江海寧(現在の浙江省海寧市)の人。著名な学者で、書法家でもある。戦後、復員した三人は南京で暮らしていたが、翌年、呉瀛一家は上海に転居した。この三人の交遊がわかる貴重な作品である。

傅申氏寄贈。

民国 馬寿華
鴻雁帰時水拍天

  1. 表装形式:単品
  2. サイズ:115.9x59.9(cm)

馬寿華(1893-1977)、字は木軒、小静斎主と自署した。安徽渦陽(現在の安徽省渦陽県)の人。行政法院院長を務めた。書画ともに優れ、仕事の合間を縫って鄭曼青ら6名と七友画会を結成した。

辛亥(1971)年の春の作で、筆を使わず指で描かれている。北宋の文人蔡肇の「題画授李伯時」の詩意が表現されている。馬寿華は14歳の頃に指で絵を描くことに関心を持ったという。指頭画では独自の地位を築き、清潤秀逸な趣を求めた。この作品の樹木や岩石の輪郭線は鋭角的な細い線で描かれている。これは爪で描かれた線で、皴擦や樹木の葉は指先と指の腹で描かれている。一つの画法にこだわることなく描かれた作品は、静けさに満ちた清雅な趣を湛え、粗雑な点は些かも見られない。

馬漢宝氏寄贈。

展示作品リスト

年代
作者
作品名
形式
サイズ
備考
王守仁
山水
83x24 cm
張学良氏寄贈
勾龍爽
仏像
51.5x31.4 cm
黄君璧氏寄贈
朱耷
行書芸韞帖
102.2x37.4 cm
張岳軍氏寄贈
王雲
倣李営丘寒林鴉陣図
141.3x69.1 cm
羅孫萍踪氏寄贈
郭宗儀
清供
冊頁
18.2x50.9 cm
林誠道氏寄贈
民国
王震
騎牛図
135.7x68.1 cm
何応欽氏寄贈
民国
傅抱石、呉瀛、張宗祥
松下高士図
106.2x39 cm
傅申氏寄贈
民国
馬寿華
鴻雁帰時水拍天
単品
115.9x59.9 cm
馬漢宝氏寄贈