端午の民俗における屈原の記憶
旧暦五月は仲夏にあたり、気候の変わり目とともに病や災いが多発する時期です。屈原にまつわる伝説が定着する以前から、民間では季節の節目に合わせ、薬草を吊るし蘭湯に浸かるといった、邪気を払い穢れを避ける習わしがありました。龍舟競漕の起源も、古くは江漢地域で水難を払うために行われた水神祭祀儀礼にまで遡ることができます。
こうした自然環境に応じた厄除けの伝統は、屈原の入水という悲劇的な最期と結びつき、一つに合流しました。祭祀としての龍舟は、次第に集団による競漕へと姿を変え、鳴り響く銅鑼や太鼓の拍子とともに、かつての水上の儀式を詩人を追慕する集団行動へと変容させていったのです。本セクションでは、節句に関連する作品を通じ、孤高であった文学的表象がいかに歳時の活動を経て常民の暮らしへと浸透し、賑やかな祝祭の情景を織りなしてきたかを紹介します。
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元 呉廷暉 龍舟奪標
絹本
故畫000324
重要古物呉廷暉(14世紀)は青緑山水画と花鳥画を得意とした。この絵には端午節ならではの行事「龍舟競渡」が描かれている。画面中央の龍船は華やかに装飾されており、その前後の船上では人々が叫びながら旗を振り、銅鑼や太鼓を打ち鳴らしている。両岸には儀仗隊が並び、季節の行事を祝うにぎやかな情景が生き生きと描写されている。全体に丁寧な描写が見られ、人物は生き生きと写実的に描かれており、細部まで正確に描かれた船舶は華やかで美しく、線は蜘蛛の糸のように細く柔らかである。元代の作とされているが、画風は明代に近い。
「龍舟競渡」という行事は厄除けの伝統に呼応するものだが、後に屈原を記念する意味も加えられ、庶民生活において祭り文化がどのように変化していったかも示している。
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元 王振鵬 宝津競渡図
絹本
故畫000971元代界画の名家王振鵬(1280頃‐1329)は正確無比な界画を得意とした。本作は墨だけを用いた白描画で、金明池で行われた龍舟競渡の盛況ぶりがごく細い線で描かれている。この絵の中心である龍舟は壮大で美しく、何艘もの小舟に囲まれている。楼閣や船は細部まで丹念に描き込まれており、水上競技や雑技も生き生きと描写されている。
この絵に描写された内容は北宋の『東京夢華録』から取られているが、その文章に忠実に描かれているわけではなく、異なる時代の情景が織り交ぜてある。伝世作品に類似の版本が多数存在するが、画力や表現に若干の違いが見られ、工房の共同制作と考えられる。