筆有千秋業,展覧期間  2016年7月1日至2016年9月25日,北部院区 会場 204、206
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展示概要

書法とは、漢字文化圏特有の芸術であり、古くから中国文化の伝統の中で体系化され、日常生活にも深く根付き、古今を通じて人々に親しまれています。古より今に至る中国書道史発展の過程には、多くの人々が深い関心を寄せており、この度の特別展はそれらをご覧いただくために企画されました。

秦漢時代(前221-220)は書道の発展における重要な転換期です。まず夏、殷、周三代以来、枝分かれしていた古文と大篆、銘刻が統一され、標準的な書体─小篆が誕生しました。一方、春秋戦国時代に登場した隷書は篆書が簡略化されつつ成熟し、漢代には一般的な書体となりました。簡略化を推し進める風潮が盛んになるにつれ、隷書も変化と分化を繰り返し、その結果、草書と行書、楷書が生まれました。書体は絶えず変遷を繰り返し、魏晋南北朝(220-589)に至ると、過渡的な書風や書体の入り混じった表現が現れるなど、長い年月をかけて変化する中で、結体や筆法が自ずと規律化されていく様子が見てとれます。

続く隋唐時代(581-907)も重要な時期の一つにあたります。政治上の統一によって南北各地の書風が合流し、筆法が完成され、楷書が歴代を通じて使用される書体となりました。宋代(960-1279)以降、著名な書家の書蹟を後世に伝えるため、法帖が盛んに作られるようになりました。しかし宋代の書家は古典の継承だけでは飽き足らず、自分の個性や自然の趣を表現しようとしました。

元代(1279-1368)に至ると、復古が提唱され、晋唐時代の書法の伝統が継承された一方、伝統に束縛されない意識もしだいに高まり、明代(1368-1644)になると、縦横に筆を揮う奔放な書風が登場しました。明人の書は非常に多彩な様相を呈し、行草書の表現は特に自由奔放で、当時のあくまで伝統に則った書法と対比をなしています。その間に個性を発揮して自らの書風を確立した書家も時代の波に呑まれることなく自己表現の道を歩みました。

清代(1644-1911)以降は、三代及び秦漢時代の古文や篆書、隷書などが相継いで出土しました。これは書法にとっては天の恵みだったと言えましょう。実証的な考証学が勃興する中、書道界にも金石学が興り、刻石と法帖を照らし合わす事によって、書法の発展に古今の繋がりが見出せるようになったばかりでなく、篆書と隷書から古きを学びつつ新しい創造を目指すことが可能となり、新たな方向性が導き出されたのです。

展示作品解説

晉 王献之

書洛神賦

  1. 形式:冊
  2. サイズ:18x10 (cm)

王献之(344-386)、字は子敬、王羲之の第七子。若い頃から名を知られ、書法の才を発揮して一世を風靡した。各書体に優れていたが特に行草書が名高く、父の王羲之と合わせて「二王」と称される。「洛神賦」の原跡は存在しておらず、宋代以来の拓本13行のみが伝えられており、一般に「十三行」と言われる。この拓本は碧玉本のもので、原石は明代に杭州の西湖で発見された。賈似道の半閑堂跡地で発見されたことから、賈氏が刻したものとされている。全体にバランスよく整った字体、体勢も秀逸で自然な活力が漲っており、筆致にも洒脱な雰囲気が漂う。筆法に隷意はなく、字形も横形から縦形へと変化している。成熟した楷書作品だと言え、小楷の極則と称えられる。

蘇軾

書杜甫榿木詩

  1. 形式:卷
  2. サイズ:27.9x85.4 (cm)

蘇軾(1037-1101)、字は子瞻、東坡居士と号した。四川眉山(現在の四川省眉山市)の人。才気縦横にして経史に精通し、詩文や書画の大家として知られる。杜甫の「堂成」という詩には、草堂の風景描写を通して、戦火により蒙った被害や異郷である成都の草堂に定住する心境が綴られている。跋文では杜甫の詩を用いて、育てやすい榿木(ハンノキ)を農家が好んで植えることを説明している。この作品は行書の結字が秀でて美しく、姿態も変化に富んでいる。筆法には力が漲り、生き生きとした墨韻も印象的で、意韻豊かな中年時代の傑作である。

蘭千山館より寄託。

明 文徵明

書五言律詩

  1. 形式:軸
  2. サイズ:191x72.2 (cm)

文徴明(1470-1559)、本名は壁、字は徴明、衡山と号した。蘇州(現在の江蘇省蘇州市)の人。幼い頃から呉寛(1435-1504)に詩文などを習い、李応禎(1431-1493)には書を、沈周(1427-1509)には絵画を習ったが、10度も挑んだ科挙の試験に合格することはなかった。後に推挙されて翰林待詔に任ぜられたが、5年も経たないうちに辞職して帰郷した。書画ともに優れ、書法では各書体に精通していた。中年時代は王羲之を中心に書法に取り組んだが、晩年になると、行書の大字は黄庭堅の書風に転向した。この作品は黄庭堅の大行書を倣った奔放な書風となっている。知人のために書いた「渓山欲雪図」に賦した詩文である。

明 黃道周

詩翰

  1. 形式:冊
  2. サイズ:24.9x29 (cm)

黄道周(1585-1646)、漳浦(現在の福建省漳州市漳浦県)の人。字は幼元、号は石齋。天啓2年に進士に及第し、後に礼部尚書となった。明滅亡の際、清軍に捕らえられたが降伏を拒否して処刑された。明への忠節を貫いた殉国の士として知られる。詩文は発想豊かで、書画は独特の個性があり、真書や行書、草書、隷書で一派をなした。これは己卯年(1639)─54歳の時の作品で、小楷の佳作である。行間は広く、筆法は全て鍾繇を変化させたものとなっている。結体の左右、高低が異なり、傾いているがバランスよく書かれている。用筆は質朴として充実しているが、作風は峻厳である。黄道周の個性を代表する作品だと言えよう。

展示作品リスト

年代
作者
作品名
形式
サイズ (cm)
附註
三体石経墨拓本
61.5x52
王献之
書洛神賦
18x10
智永
墨拓書真草千文
24.8x12.6
顏真卿
宋拓多宝仏塔碑
28.7x15.3
夢英
書唐程浩撰夫子廟堂記碑墨拓本
123x74.3
蘇軾
書杜甫榿木詩
27.9x85.4
蘭千山館寄託
朱敦儒
書尺牘
31.3x43.1
趙孟堅
致嚴中太丞尺牘
25.5x33
饒介
書五言古詩
26x362.5
文徵明
書五言律詩
191x72.2
彭年
臨蘇軾帰去来辞
27.4x505.1
黃道周
詩翰
24.9x29
楊沂孫
篆書七言聯
177x43.8
民國
王禔
隸書八言聯
129.8x22